Smashing Pumpkins (スマッシング・パンプキンズ)

Smashing Pumpkins (スマッシング・パンプキンズ)の概要

1985年から1988年までThe Markedというバンドで活動していたビリー・コーガンを中心にシカゴで結成されたバンド。
グランジという言葉とともに語られるためかシアトル出身だと勘違いされることもあるが、Sub Popからシングルを一枚リリースしたことがあるぐらいでシアトルとはほとんど縁がなかった。

このバンドの音楽性は「Black SabbathのリフとCheap Trickのメロディと感受性の強い歌詞を持つオルタナ・バンド」というのが的をえた表現だと思う。
あとはプログレを連想させる曲展開、サイケデリック、夢見心地なバラードなど。
80年代のニュー・ウェーヴやエレクトロからの影響も感じさせる。
ただしパンク、特にTalking Headsなどのニューヨーク・パンクのことは嫌悪していた。

陰鬱をシャウトで吐き出していた他のバントと違い、悲しみをメルヘンチックに歌い上げるといったところだろうか。

Smashing Pumpkins 37曲

1991年5月にリリースされたデビューアルバムであるGishが好評を得てCMJチャートで1位となりツアーの客入りも順調だったのだが、同年秋にリリースされたNirvanaのNevermindがブレイクするとグランジ・ムーヴメントに巻き込まれてしまい、便乗バンド呼ばわりされたこともあったようだ。

ニルヴァーナが出てくる前は僕たち「レトロ・バンド」って思われていたんだ。
そしてニルヴァーナが出てきた後は「便乗バンド」さ。
つまり僕たちは過去からもかっぱらい、未来からもかっぱらったってわけ。
どうでもいいけどさ。
元々メディア・コントロールはあんまり得意じゃないから。
(ビリー・コーガン / ロッキングオン1996年3月号)

またポップな音楽性やパフォーマンス、活動内容が名声を追い求めているロックスター志向という印象を与えてしまうことがあり、特にそれを嫌うインディ界隈から非難されることもあった。

(Gishの頃を振り返って)とにかく目立ち過ぎ、やり過ぎ、名声欲あり過ぎってことになった。
インディーズ界から見れば、パンプキンズはインディーズになり切ってない。
ところが、ノーマルな界隈じゃ僕らは「あまりにもヘヴィ」って言われちゃう。
メジャー・レーベルに至っては気にも留めてくれない。
つまり、中途半端な存在になってたんだ。
(ビリー・コーガン / クロスビート2000年8月号)

ブーム真っ只中の1993年にリリースされた2ndアルバムSiamese Dreamが400万枚を超える大ヒットとなり、またロラパルーザにも出演しシーンを代表するバンドの一つとなった。
しかしビリー・コーガンはSiamese Dreamのような音楽性に限界を感じていたようで、それを打破してバンドの限界を超える手段として3rdアルバムを2枚組にして様々なスタイルの曲を収録することでバンドを成長させようとした。
カート・コバーン死後の1995年にリリースされた3rdアルバムMellon Collie and the Infinite Sadnessではそのバンドの成長と商業的成功を両立させることに成功した。
数多くの賞を受賞し、名実ともにオルタナティヴ・バンドの代表格となった。
この辺りのことはカート死後のUSオルタナ3大バンドも参考にして欲しい。

だがすべて順風満帆とはいかず、1996年7月にツアーでキーボードを担当していたジョナサン・メルヴォインがホテルの一室でドラッグの過剰摂取で死亡するという事件が起きた。
バンドは同室にいたドラマーのジミー・チェンバレンを解雇するという決断を下した。

ドラマーを失い3人編成となったバンドが次に進んだのは従来のロック、特にハードロックを捨て去って、エレクトロサウンドを積極的に取り入れアコースティック色やニューウェーヴ色を強く反映して新機軸を打ち出すという道であった。
1998年にリリースされた4thアルバムAdoreでは大ヒットした作風を自ら壊しその上で傑作を作り上げるというオルタナティヴという言葉を体現するかのようなことを成し遂げた。

僕らはニュー・パンプキンズを見つけるために、オールド・パンプキンズを手放さなきゃいけなかったんだ。
これは、新しいパンプキズヘの入り口なんだよ。
古いパンプキンズを見ると、「ギッシュ」「サイアミーズ」「メロンコリー」はセットになってる。
で、新しいアルバム(Adore)は、ニュー・パンプキンズの第1号アルバムになってるってわけだ。(ビリー・コーガン / クロスビート1998年6月号)

AdoreはSmashing Pumpkinsの第2章の華々しい幕開けとなるはずだったのだが、日本とヨーロッパではそれなりの評価を得たものの、本国アメリカではメディアから酷評され売り上げ不振につながってしまった。
この出来事はオルタナの敗北を意味しており、ビリー自身もショックを受けたようで、2000年の解散表明へとつながってしまう。
オルタナ代表バンドの動向とオルタナの敗北少数派に戻ったオルタナに詳しく書いたので読んで欲しい。

「アドア」への反応は、バンドが耐え得る最後の傷だったような気がする。
傷はいつでも覚悟してきた。
相手がインディーズ、メジャー、プレス、何だろうがね。
ただ「アドア」の件だけはもういいやって感じだったんだ。
まるでつまはじきさ。

同世代の罪の償いをしろと言われてる気がした。
カート・コバーンは自殺して、パール・ジャムはビデオ制作をやめてツアーもしなくなってきてた。
ホールはどうもハッキリしない。

そんな中でパンプキンズはツアーもしてアルバムも作ってた。
ところが、オルタナバンドとして頑張ってるってことで逆に罪を着せられたんだ。
それはないよね。
悪いのはジェネレーション全体だよ。

「アドア」はオルタナが世間の期待に沿わなかった失望感のはけ口にされたんだ。
(ビリー・コーガン / クロスビート2000年8月号から引用)

だが解散理由はこれだけではないようで、「本当に複雑で理由は100万個ある」とのこと。
2004年になってビリーが「バンドを解散させたのは(ギターの)ジェイムズ・イハだ。」と発言したように人間関係の悪化も見え隠れし、ドラマチックな終焉を迎えたわけではないのかもしれない。

THE SMASHING PUMPKINS解散の真相を、BILLY CORGANが告白(タワーレコードのニュース)

話しは前後するが、Adoreリリース後に解散を決意したものの公には発表されなかった。
解散前にアルバムを制作するという決定をし、ドラマーのジミー・チェンバレンを呼び戻してアルバムMachina/The Machines of Godを制作した。
だがレコーディング中にベースのダーシー・レッキーが脱退。
脱退理由は彼女が演技の道に進むためだとか言われていたが、当時のビリーは明確に説明しなかった。
後に語られたところによると、ドラッグ依存症だった彼女がドラッグ厚生施設への入所を拒否したから解雇したとのこと。

アルバムリリースから約1か月後の2000年3月に解散を発表した。

解散後のビリー・コーガンの活動としてはZwanというバンドとソロアルバムのリリースがあった。
どちらも音楽性と当時のビリーの発言から、Smashing Pumpkinsを連想させるような音楽にならないように無理して努力した様子がうかがえる。
だが、2005年のソロアルバム発売日に地元シカゴの新聞広告上でSmashing Pumpkinsを復活させると宣言。

オリジナルメンバーは再結成に参加するのかどうか情報が流れてこなかったのでファンをやきもきさせたが、結果的にジミー・チェンバレン以外のメンバーは参加せずにほぼ2人で制作された再結成アルバムZeitgeistが2007年にリリースされた。

(解散から学んだことについて)僕とスマッシング・パンプキンズを切り離すことはできないんだと悟ったよ。
最初に解散した当時は、とにかくあのバンドにうんざりしてたし、僕を放って置いて欲しいという一心だった。
だから解散したのに、世間の人たちはいつまでも僕とあのバンドを切り離して考えてくれなくてさ。
ひどくストレスを感じたけど・・・でもよくよく考えた結果、結局僕自身がスマッシング・パンプキンズのパーツのひとつなんだと気づいた。
そんな風に気づいたこと自体、また新しいストレスになったけどね。
でも、それを受け入れることで、ようやくバンドと自分との関係が見えてきたんだ。
僕はビリー・コーガン=スマッシング・パンプキンズ、なんてこれっぽっちも思ってないんだよ。
とはいえ、スマッシング・パンプキンズという世界を作ったのは僕自身なわけで・・・おもちゃのブランドみたいなものかもね。
自分が作ったこの世界から一歩外へ出ると、僕は世間からうちのめされ、何もできない負け犬のような気分にさせられる。
結局、スマッシング・パンプキンズこそ僕の帰るべき家だったんだよ。
今はとても心地好いし、安らぎを感じる。(ビリー・コーガン クロスビート2010年10月号)

2009年にはジミーの脱退が発表されオリジナルメンバーはビリーのみとなってしまったが、Smashing Pumkinsとして活動を続け、ウェブ上で曲を発表するプロジェクトを立ち上げたり、2012年と2014年にはアルバムをリリースした。

Smashing Pumpkinsが一度解散してからこの時点で約15年間が経過していたが、ビリーは過去のSmashing Pumpkinsとの狭間の中で苦しんできた感がある。
新作を発表するたびに過去の名作と比較され、ファンの中には過去の名曲のような新曲ばかりを期待し新しい音楽性を評価しない人も多くいる。

「サイアミーズ・ドリームは最高の作品だ」と言われたら、僕の中に湧く感情があって、それは、「サイアミーズ・ドリームが最高」と言う言葉の中には、もうあんな作品は二度と作れない、君があんな風に注目されることはもう二度とない、という意味が込められているんじゃないかということ。
再び偉大な音楽を作るということを僕のファンが信じなくなったとき、両者の間の会話は、まったく異なるものになる。
つまり今のモチベーションに興味を持ってもらえなくて、「なんで昔の曲は演奏しないんだ」って言われる始末だし、今はもう優れたアーティストでもないのに、やるべきことをやらない厄介な人だという見え方になってしまうというね。(ビリー・コーガン ロッキングオン2012年8月号)

2012年のアルバムOceaniaでは従来のスマパンと新しいスマパンを見事に融合した傑作となり、ようやく過去の呪縛から解放されたかに思えたが、実際はそうではなかったようだ。

2015年にはジミーが再びバンドに復帰。2018年には長年に渡ってビリーと確執のあったジェームズ・イハがバンドに復帰しアルバムも制作された。
ダーシー・レッキーのバンド復帰も模索されたが実現しなかった。
バンドは2020年現在も存続中だ。

関連リンク


Smashing Pumpkins (スマッシング・パンプキンズ)のアルバム紹介

スタジオアルバム(Smashing Pumpkinsとビリー・コーガン関連)

Gish

1991年にリリースされた1stアルバム。
時期的にはNirvanaのNevermindよりも数ヶ月前であった。
プロデューサーはブッチ・ヴィグ。
上述したようにこのアルバムがCMJチャートで1位を獲得しバンドがブレイクするきっかけとなった。

ドラマーのジミー・チェンバレンの手数の多いドラムに引っ張られるようにエネルギーを爆発させるI Am One、Siva、Bury Meといった曲もあれば、Rhinoceros、Crush、ベースのダーシー・レッキ―が歌うDaydreamのようにサイケデリックなバラード風の曲もあるし、Window Paineのように複雑な展開を見せる曲もある。
この時点でスマパン・サウンドは確立されていたといってもいいだろう。

だが若かりしバンドの初期ということもあって良くも悪くも粗削り。
ハード一辺倒にならずに多彩な面も聞かせてくれるものの、若さというエネルギーでねじ伏せている印象を強く受けてしまう。
それが初期のアルバムの魅力だとは思うが、後の作品の質を考慮するとこのアルバムは後回しにしてもいいと思う。

Siamese Dream

1993年作でアメリカだけで400万枚以上売り上げ、スマパンをトップバンドの押し上げた一枚だ。
Smashing Pumpkinsの最高傑作といえば、このSiamese Dreamか次のメロンコリーを挙げる人が多いだろう。

路線は前作の延長上にあるものだがメロディなどのソングライティング能力、音楽性の幅が格段に向上。
前作の「勢いまかせ」から脱却し、2ndアルバムにしてにして早くも「洗練」という言葉すら浮かんでくる。

Cherub Rock、Today、Rocket、オーケストラサウンドを取り入れたDisarmはバンドの代表曲。
その他の曲も良い曲が揃っている。

内容は素晴らしいが制作時のバンドの状況は最悪だったらしい。
グランジ喧騒、傑作を作らねばならないというプレッシャー、ドラマーのジミー・チェンバレンの薬物問題、ビリー・コーガンのうつ病や自殺願望、メンバー間の人間関係の悪化など酷い状況化で制作された。

2000年のインタビューでは、バンドが最も大変だった時期の一つとしてこのアルバムの制作を挙げている。

ビリーはギターのジェームス・イハとベースのダーシー・レッキ―との人間関係悪化に加え、音楽に対して自身がコントロールしたいという欲求が強くなり、結果的にこのアルバムのギターとベースの大半はビリーがプレイしたものとなった。

Mellon Collie and the Infinite Sadness(メロンコリーそして終りのない悲しみ)

前作は大成功を収めたもののバンドは自身の音楽性に限界を感じていたようで、それを打ち破るというために出した結論は2枚組のアルバムを制作するということであった。
1995年にリリースされた今作はバンドの限界を超えることに成功し、2枚組という不利な体裁にもかかわらず1000万枚に迫るセールスを記録しており、また数多くの賞を受賞し商業的にも大成功をおさめた。

ピアノをメインに据えたアルバムタイトル曲からオーケストラを大胆に取り入れたTonight,Tonightという流れで幕を開け、JellbellyやZeroのようにヘヴィな曲、サイケデリックなCupid de Lock、テクノロジーを導入したLove、アコースティックなTake Me DownやIn The Arms Of Sleep、メルヘンチックなThirty-ThreeとBeautiful、クリーンなギターと効果音が浮遊感を生み出しているポップな名曲1979など、2枚組で収録曲が多い分だけ、従来の延長上にある曲から新境地を開拓したような曲まで音楽性は幅広いと感じられる。

個人的にはSiamese Dreamよりも好きだし、初心者にも向いていると思う。

ロッキングオン1995年10月号のインタビューによるとMellon Collieは、Melancholyという言葉に果物のMellonと犬のCollieをひっかけた言葉遊びだということだ。

このアルバムのツアーの内容はアコースティックとエレクトリックの2部制で、公演時間は3時間にも及ぶものであった。
概要でも書いたようにツアー中にドラッグ問題でジミー・チェンバレンが脱退している。

Adore

結果的に解散への布石となってしまった1998年リリースの問題作。
概要でも述べたとおりロックをやることに限界を感じ、非ハードロック的な方向へシフトしたアルバム。
キーワードとしてはドラムマシン、エレクトロサウンド、アコースティック、ニューウェーヴ、バラード、ピアノといったところか。
かといって実験的な音楽性ではなく、メロディは聞きやすい。

機械的なドラムとエレクトロな効果音と印象的なAva Adore、ゴシックという言葉を連想してしまうTear、ピアノとエレクトロを融合させたCrestfallen、穏やかで爽やかなポップといったところのThe Tale Of Dusty And Pistol PeteとPerfect、ダンサンブルなAppele + Oranjes、ダークなシンセサイザーがニューウェーヴ的なPugなど聞きどころは多い。
14曲目のFor Marthaは8分にもおよび、穏やかなピアノの調から始まり徐々にドラムなどが絡んできて盛り上がっていき、後半ではハードロック的なギターが爆発を迎えるという素晴らしい曲。

傑作で新境地を切り開いたいえるがアメリカの一部メディアからは酷評され、売上は2ndや3rdアルバムと比べると寂しいものになってしまい(それでも100万枚以上売れたが)、解散への布石となってしまう。

ただ、日本は別だった。
ファンもプレスも「アドア」を評価してくれてたから。
来日が楽しみだったよ。
でも、アメリカとイギリスではひどいもんだった。
悪評、悪評、悪評の連続。
ところが今、アメリカのプレスはパンプキンズ一色だ。
”過小評価された「アドア」”だってさ、ハハ。
パンプキンズのインタビューをする前に改めてちゃんと聴いてみたら、そんなに悪くないじゃん、ってとこだろ。
当時こき下ろしたのが自分たちプレスだってことを、すっかり忘れてる。(ビリー・コーガン クロスビート2000年8月号)

Machina/The Machines Of God

2000年にリリースされた解散前のラストアルバム。
上述したとおり解散するにあたりもう一枚アルバムを制作しようということになり、オリジナルドラマーのジミー・チェンバレンを呼び戻すことになった。
ビリーは2枚組にしたかったのだが、Adoreが売れなかったことでレコード会社がそれを認めなかったとのことだ。

当時の宣伝文句は「ヘヴィなスマパンが帰ってきた」とかそんな感じだった記憶があるが、Adore以前のスマパンに回帰したわけではなく、バンドの音楽的な前進を感じさせるものとなった。
ハードロック色が強いものの、確実にAdoreを通過した後の音であり、それにジミー・チェンバレンの手数が多く他の楽器を強烈に牽引することができるドラムを見事に融合させている。
全体的にポップでキャッチーなメロディが多くて聴きやすく、ギターに空間系のエフェクトをかけているのでヘヴィな曲でも幻想的で繊細な印象を受ける。

世間でいわれているほど悪くなく有終の美を飾るにふさわしいアルバムだと思うが、商業面ではニューメタル勢には太刀打ちできずアメリカでは50万枚ほどしか売れなかった。

ダーシーの脱退理由はドラッグ問題だったと長らく明らかにされなかったが、この時期のインタビューでビリーはGlass And The Ghost Childrenの歌詞に暗示されていると語ったことがある。(クロスビート2000年3月号)

Machina II/The Friends & Enemies of Modern Music

インターネット上で無料配布したアルバム。
このような手段を取った大物バンドとしては2007年のRadiohead(価格はリスナーが決定する方式)や2008年のNine Inch Nailsが当てはまるが、恐らくSmashing Pumpkinsが最も早かったのではないか。

Machinaは2枚組でリリースしたかったようだがAdoreが売れなかったことでレーベルから拒否されてしまった。
2枚組が不可能なら1枚ずつリリースしようとしたが1枚目のMachina/The Machines Of Godの売れ行きが悪かったため、この案もレーベルから認められなかった。
しかしバンドはMachina II / The Friends&Enemies of Modern Musicを完成させ、アナログレコードを25枚だけ制作し、それを友人たちに渡してインターネットで無料で配布するように頼み、現在もそれらがインターネット上で出回っている。
よって出回っているのは全てアナログレコードから生成したデジタルファイルということになる。

Machina/The Machines Of Godは幻想的で洗練されたものだったが、Machina II / The Friends&Enemies of Modern Musicは全体的によりハードロック色が強くへヴィで荒々しくてエネルギッシュだ。
曲を単体で見るとIn My BodyやIf There Is a GodのようにAdoreを通過したからこそ生まれたような曲もある。
MachinaとMachina IIが2枚組だったとしてもメロン・コリーほどのインパクトはなかったのではないかというのが正直なところだが、デキは悪くないとは思う。

MachinaとMachina IIの楽曲を合わせて当初の計画通り2枚組にして再発する計画が持ち上がったが、レーベルとの法的問題により頓挫してしまった。
2018年には問題が解決されたようだが実際にリリースされるのかは不明だ。

Machina II / The Friends&Enemies of Modern Musicの入手方法

ダウンロード可能なサイトについてはMachina II/The Friends & Enemies of Modern Musicの英語版WikipediaのExternal linksを見てください。

Mary Star of the Sea (Zwan)

Smashing Pumpkinsの解散後にビリー・コーガンが中心となって新たに結成したバンドがZwanだ。
ドラマーはスマパンと同様にジミー・チェンバレンだった。

2003年にアルバムをリリースしたが、悲しみや苦しみを表現していたスマパン時代とは違い、ポジティブで楽しいポップなロックとなった。
しかし奥が浅くアーティスティックな何かを感じることはできない。

ビリーは2005年に「スマパンの音にならないように努力したが、それはすごくエネルギーを消耗するし、その割に退屈だった。」と振り返っている。(ロッキングオン2005年7月号)

結局、Zwanはこのアルバムをリリースした約8か月後に解散を表明。
ビリーはジミー以外のメンバーのバンドに対する忠誠心や熱意に疑問を抱いていたとの噂があった。

僕らは彼ら(ジミー以外のメンバー)のことを信頼出来る人間たちだと思ったから一緒にバンドをやることにしたわけだけど、時間の経過と共に、色んな意味でとても信用に足る連中じゃないって感じるようになった。
要するにみんなウソつきのペテン師野郎だったのさ。(ビリー・コーガン クロスビート2005年8月号)

TheFutureEmbrace (Billy Corgan)

Zwan解散後、ビリー・コーガンはソロで活動することを選択し、2005年にこのアルバムをリリースした。

内容はスマパンやZwanのようなギターロックではなく、エレクトロなサウンドやシューゲイズっぽさや浮遊感など、ビリーのルーツである80年代のニューウェーブと呼ばれたバンドからの影響が強く出ている。

穏やかで温かいAll Thing Change、混沌としたMina Loy、幻想的なNow、アグレッジブだが悲し気なWalking Shadeなど様々な表情があるが全体的には内向的なエレクトロとギターの融合といったところで内容はまずまず。

このような音楽になった経緯は「ロックをやるとスマッシング・パンプキンズになってしまう。かといってアコースティック・アルバムを作る気にはなれなかった。残された選択肢はギター中心でありつつパンプキンズっぽくないものをやることだった」とのこと(クロスビート2005年8月号)。
Smashing Pumpkins解散後に結成したZwanにもいえることだが、Smashing Pumpkinsのようにならないために苦労していたようだ。

Zwanも上手くいかず解散し、ビリーはこのままソロでギターロックにこだわらず活動を続けていくと思われたが、このアルバムの発売日に地元シカゴの新聞広告上でSmashing Pumpkinsを復活させると宣言した。

Zeitgeist

2007年にリリースされたスマパン復活作。
ドラムはジミー・チェンバレンが叩き、他の楽器はビリーが手がけるというSiamese Dreamと同じような状況で制作された。

ジャケットの海に沈む自由の女神、ブックレットに掲載されているアメリカの典型的なセレブであるパリス・ヒルトンの写真、全体的な歌詞の内容からして、当時のブッシュ政権下のアメリカを批判しているかのようなアルバムとなった。
そのためかSmashing Pumpkins史上最もへヴィで怒りに満ちていて荒々しいものとなった。

逆に言えば解散前のスマパンに存在したサイケデリアやドリーミーな感覚、その他様々な音楽性の要素があまり感じられず、へヴィ一辺倒なサウンドになってしまったことがサウンドを期待していたファンの一部から非難された。
またそのようになってしまったのは他のオリジナルメンバーの不在が原因だとされてしまった。

個人的には過去のアルバムそのまんまな作品よりも新たなアプローチにチャレンジしているところを評価したいし、過去の名作と比べれば劣ると言わざるをえないが復活作としては及第点だと思う。

Bleeding The Orchidは90年代のバンドに起きたことに対して遠回しにコメントした曲でAlice In Chainsへのちょっとしたオマージュになっているとのこと。

ビリーが「1995年のパンプキンズみたいでメロンコリーに収録されていてもおかしくない」といったThat’s The Way、強弱法を用いたNeverlost、ビリーの歌い方が印象的なBring The Light、アコースティックで書いたというFor The Country、オーケストラではなく80年代のキーボードを使用したことが功を奏したバラード風のPomp And Circumstancesなどからは従来のスマパンを感じることもできるが、やはり全体的な印象としては昔のスマパンままではない。
これを認められるか否かが評価の分かれ目だ。

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Teargarden by Kaleidyscope

Teargarden by Kaleidyscopeというプロジェクトは2009年から始まったもので、全44曲を完成した曲から順次無料でウェブ上でリリースし、最後に全44曲全てを収録したボックスセットをリリースするというものだった。

僕がやってみたかったのは、いわゆるアルバムという概念、つまり、2年間、世間から姿を消して、12曲リリースして、それが喜ばれるかブーイングされるかのどちらかだっていう(笑)、そういうやり方から自由になることだった。
そのプロセスを、もっとその時々の瞬間を捉えたものにしてみたいと思ったんだ。
だから、曲がリリースされるにつれて、バンドができあがっていって、まるで「トランスフォーマー』みたいにアルバムが姿を変えていくっていう。
そうやって毎月違うものになっていって、違うアルバムになって、僕自身常にそれについて考えていくっていう、そのプロセス自体がすごくエキサイティングで。(ビリー・コーガン ロッキングオン2010年10月号)

2010年にはVol. 1: Songs for a SailorとVol. 2: The Solstice Bareの8曲がリリースされた。
へヴィで怒りに満ちていた前作Zeitgeistと比較すると多彩な内容になっており、よりスマパンらしいといえる。
また1曲ずつ発表することを念頭に入れて制作されたからだろうか、質の高い曲が多い。
ただ、この8曲は現在はダウンロードできないようで、フィジカルリリースもされたが入手は困難。

2011年には2曲リリースされたが、2010年の来日時のインタビューによるとこの頃からすでに当初の計画の変更を考えていたようで、2012年にはTeargarden by Kaleidyscopeプロジェクト内のアルバムとしてOceaniaがリリースされた。
またその次の2014年作Monuments to an ElegyもTeargarden by Kaleidyscopeプロジェクト内のアルバムとなり、続くDay For NightというアルバムがTeargarden by Kaleidyscopeプロジェクトの最後となる計画だったが、結局Day For NightはリリースされずTeargarden by Kaleidyscopeプロジェクトは破棄されたようだ。

Oceania

2012年リリース。上で紹介したTeargarden by Kaleidyscopeというプロジェクトの一環という位置づけ。
再結成後のアルバムの中では最高傑作だと思う。

2010年の来日公演では過去の名曲を嫌々としか思えない態度で演奏していたのが個人的には印象に残ってはいるのだが、このアルバムで良く言われたのはかつてファンが愛した過去のSmashing Pumpkinsの良さを再現しつつ、過去の繰り返しにならないようにSmashing Pumpkinsを更新させたということ。
ビリーはようやく過去の呪縛から解放されたと評価された。

ファンの人たちはこの作品を聴いてパンプキンズの何が好きだったのかを思い出してくれるような気がするんだけど、でもそれでいて凄く新鮮にも響くと思うんだ。(ビリー・コーガン Oceaniaの日本盤ライナーノーツ)

Quasar、Panopticon、The Chimeraは往年のスマパンのへヴィなギターサウンドを連想させる。
ドラマチックな展開のViolet Rays、キーボードが壮大さを演出しているOne Diamond、One Heart、不思議な気分にトリップしてしまうPale Horse、元はカントリーソングだったという壮大なバラードのWildflowerなどがおススメの曲。

往年の名作にも引けを取らない傑作だ。

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Monuments to an Elegy

リリースは2014年。
前作以上に過去のスマパンを連想させる作品となった。

ハードロック的な歪んだギターにメルヘンチックな雰囲気、甘美なメロディが全面的に出ている。
唯一過去と違うのはキーボードを多用していることだろうか。
だが、印象としては洗練されているもののストレートな轟音ギター路線で、収録時間は9曲33分しかなくあっという間に聞き終わる。

ドラムはMotley Crueのトミー・リーという意外な人選だが、このような過去の轟音ギター路線を貫くならばジミーの手数の多いドラムが懐かしく思えてしまう。

インタービューを読む限りでは、前作で乗り越えたかに見えた「延々と比較され続ける過去のSamshing Pumpkins」と折り合いをつけることができず、ある種のスマパンサウンドの終わりとしてこのアルバムを制作したようだ。
その後、このアルバムの対となるDay For Nightというエクスペリメンタルなアルバムを2015年にリリースし、Teargarden by Kaleidyscopeを完結させると同時に、従来のスマパンサウンドとの決別をほのめかしていたが、結局Day For Nightはリリースされなかった。

2015年にはジミー・チェンバレンがバンドに復帰し、2016年3月にはジェームズ・イハがライヴで飛び入り参加して話題となった。

Ogilala (William Patrick Corgan)

上述したようにDay For Nightという実験的なアルバムはリリースされなかったが、ビリーは2017年にソロアルバムをリリースした。
名義はWilliam Patrick Corganという彼のフルネームとなっている。

アコースティックギターとピアノが主体のバラード集という趣でメロトロンによるオーケストラサウンドが美しい。
ただバラード調の曲を連発されるとビリーのボーカルの粗が目立ってしまうのも事実。

Processionalという曲ではジェームス・イハが参加している。

Shiny and Oh So Bright, Vol. 1 / LP: No Past. No Future. No Sun.

ジェームス・イハが復帰を果たして制作された2018年作。
その効果だろうか、前作Monuments to an Elegyよりも音楽性の幅が広くアレンジは多彩になったような気がする。

シンフォニーとゴスペルの要素を含めたKnights of Malta、1979を連想してしまうSilvery Sometimes、歪んだギターのアルペシオ奏法がとても美しいTravels、ジミーらしい手数の多いドラムにリードされるヘヴィなSolara、その他4曲もまずまずのデキ。

だがイハが復帰したからといって最高傑作が生まれるわけではないし、再結成後のアルバムでいえばOceaniaを超えるものではなかったと思う。
次作に期待したいところだ。

Cotillions (William Patrick Corgan)

2019年にリリースされたビリーのソロ作で、引き続きウィリアム・パトリック・コーガン名義となっている。

前作同様にメインの楽器はアコギやピアノ、ハーモニカなどクラシカルなものだが、バラード一辺倒ではなくバラエティ豊かな内容となっている。
近年のソロ作なら前作よりもこちらをおススメする。

今後もスマパンとソロを区別していくのだろうか?

コンピレーション

Pisces Iscariot

初期のシングルB面の曲などを集めたレアトラック集。
リリースは1994年。

時期的にはGishやSiamese Dreamの頃のものなので、その時期のアルバムが好きな方にはおススメだ。
レアトラック集とはいえ良質な曲が多くオリジナルアルバムに匹敵する内容だ。

2012年にリマスターされ、デラックスエディションとして曲が追加されたものが再発された。
現在ではこちらの音源が主流となっている。

The Aeroplane Flies High

1996年にリリースされたMellon Collie and the Infinite Sadnessのシングル5枚がセットになった限定盤ボックスセット。
2013年にデラックスエディションとして再発され、デモやライヴ音源が大幅に追加され、1997年のライヴ映像を収録したDVDも追加された。
Mellon Collie and the Infinite Sadnessの熱心なファン向け。

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