Sonic Youth (ソニック・ユース)

Sonic Youth (ソニック・ユース)の概要

グランジ・オルタナやニューヨークの音楽シーン、80年代インディシーンを語る上で絶対に欠かせない最重要バンドの一つ。
81年にニューヨークで結成。
ニューヨーク出身ということで、RamonesなどのニューヨークパンクやSuicideなどのNo Waveと呼ばれる音楽から影響を受けている。

サーストン・ムーア、キム・ゴードン、リー・ラナルドは結成から今現在まで不動だが、初期はドラマーが安定しなかった。
85年にスティーブ・シェリーが加入、以後20年以上もこのメンバーで活動することとなる。

このバンドの音楽性はエクスペリメンタル、アート志向、カオス的なノイズ、変則チューニングによる普通じゃない雰囲気といったところ。
頭の良さそうな連中が理解しがたい音楽をやっているという感じで、メインストリームのポップとは程遠い。

Sonic Youth 21曲

Sonic Youthが80年代にアンダーグラウンドで地道に活動したことは、インディシーンに多大なる貢献をしたと言えるだろう。
Black FlagとSonic Youthを見て欲しい。

少なくとも2年は誰もSonic Youthのライヴに行かなかった。
彼らは地道な努力とツアーを続けた。
レコードを出し希望を捨てず、目指す方向へ進んだ。
(Theoretical Girls / グレン・ブランカ パンク:アティテュードから引用)

80年代前半はアメリカやヨーロッパを地道にツアーしていたようだが、85年にリリースしたBad Moon Risingが評価され出世作となる。
Black Flagのメンバーに気に入られ、インディでは憧れの的だったBlack FlagのレーベルであるSSTと契約した。

地道な活動が実を結びインディでの評価を高めて、88年には最高傑作と言われるDaydream Nationをリリース。
その後はメジャーレーベルと契約を結び、活動の場を広げていった。

音楽製作に関してはバンドが自由に行うという条件でのメジャーレーベルとの契約は画期的だったと言われるが、インディ側からの批判も少なからずあったようだ。

スティーヴ・アルビニがソニック・ユースをオルタナティヴ・ロックを貶めたと糾弾(ロッキングオン)

90年のメジャーデビュー作のGooと、94年のDirtyというアルバムはメジャーレーベルやグランジオルタナムーヴメントを意識したポップな作風となった。
本人たちは後に失敗作だったと語ったこともある。

「ダーティー」ではお金をかけて売れっ子プロデューサー(NirvanaのNevermindを担当したブッチ・ヴィグとアンディ・ウォレス)も雇って、いわゆるロックっぽいことを私たちがどこまでやれるか試してみたわけだけど、自分たちにとっては退屈に過ぎないってことがわかったの。
(キム・ゴードン ロッキングオン96年4月号から引用)

その後は路線を修正してトレンドに流されず、大衆性を度外視して独自のエクスペリメンタル(実験的)な音楽を好き放題追求していった。
リリースしたアルバムは大ヒットを望めないものばかり。
メディアの高評価とアルバムの売上枚数に最もギャップのあるバンドだと言われたこともある。
このような姿勢と独自の音楽性は今現在も若手バンドからリスペクトされている。

88年(正しくは89年)のキエフ(ウクライナ)でのソニックユースのコンサートは僕にとって衝撃的だった。
盛り上がり過ぎた。
大音量が響いて骨にまで伝わった。両耳をこんなふうに押さえて。
この音楽の発祥地(ニューヨーク)に行くって決めた。
(Gogol Bordello / ユージン・ハッツ Kill Your Idolsから引用)

2000年代前半にはジム・オルークが正式メンバーとして加入(現在は脱退)。
音楽性を進化させながらも活動すること25年以上、非常に息の長いバンドとなった。
一度も解散せず、コンスタントに長期間も進化し続けているバンドは、なかなかお目にかかることはできないであろう。

僕達が今まで一度たりともセレブとか、そっち方面の関心事に巻き込まれたことが無いっていうのがあるだろうな・・・
ダーティーを作った後、当時一緒に仕事をしていた色んな人が、ああいうハードロック志向の作品を作り続けてくれって期待したと思うんだよ。

でも僕達が向かったのは全くの別方向で、そのころはロイヤルトラックスとかペイヴメントとかセバドーみたいなバンドに触発されていたんだ。
よりニルヴァーナから遠い音楽というかさ。

もしあのままパンクロック、グランジロックの土俵に立っていたら、今よりもひ弱で面白味のないバンドになっていたと思うよ。
それに僕たち自身も一緒にやるのに飽きていたと思う。

要するに、当時の状況に立ち向かっていったというか、自分たちを試したというか、今思うとそれは重要で、結果的には新しい可能性を見つけ出せたんだ。
(サーストン・ムーア ロッキングオン2002年7月号から引用)

前述したとおりメジャーレーベルとは音楽制作の主導権はバンドが持つという契約内容だったようだが、実際のところはメジャーレーベルのビジネス重視の姿勢には多少なりとも苦しんでいたようだ。

Experimental Jet Set, Trash & No Starが完成したときゲフィンに「君たちにシングルを書けと言う気はないけど、このアルバムにはラジオでかけられる曲がない」と言われた。

だから僕らは「何を言っているんだ? そういうことを言うのはオーディエンスを見くびっているからだ」って反論したんだ。
(サーストン・ムーア クロスビート95年5月号から引用)

1997年からは、極端に実験的な作品はSonic YouthのレーベルであるSYRからリリースするようになった。
SYR発足当時はメジャーレーベルへの不満を口にしていなかったが、本音はどうだろうか?
2008年にはメジャーとの契約が満了し、インディのMatadorと契約したことを発表。

これまでの俺たちと言えば、ユニバーサル(メジャーレーベル名)にいる会ったこともないようなヤツらを感動させ印象づけるために、自分たちの曲の力をねじ曲げていたようなものだった。
(サーストン・ムーア Vibeのニュース

インディーに戻るのはうれしいことだね。過去の5~6枚では、メジャー・レーベルの要求に応えるための妥協もあったからね。
(サーストン・ムーア bounceのニュース

2009年にはMatadorからThe Eternalというアルバムをリリース、今後も順調に活動を続けていくのだろうと思われていたが、2011年にサーストンとキムが離婚を発表。
バンドの解散宣言こそないもののバンドとしての活動は行われなくなり、各メンバーはバンド外の活動を行うようになった。

ソニック・ユースのキム・ゴードン、サーストン・ムーアとの別離と乳がんについて語る
サーストン・ムーア、キム・ゴードンとの別れと自身の現在を語る
2013年に公表された離婚の経緯を考慮すると活動を再開させるのは難しいと思われ、実際のところ2020年現在も事実上の解散状態にある。

関連リンク


Sonic Youth (ソニック・ユース)のアルバム紹介

スタジオアルバムとEP

Sonic Youth

82年にリリースされたSonic YouthのデビューEP。
2006年に収録曲がリマスターされ、ボーナストラックを8曲追加されて再発された。

轟音ギターは聞かれないが、No Wave直系の風変わりな感じと緊張感は健在。

良作だかコアなリスナー向きなので初心者は他のアルバムから聞いた方がよい。

Sonic Youth
Goofin
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Confusion Is Sex/Kill Yr. Idols

83年の1stアルバム”Confusion Is Sex”と”Kill Yr Idols”というEPを収録したもの。

この時点でSonic Youthの個性は確立されていると言ってもよいのではないか。
後のアルバムと比べると特にヴォーカルが未熟だが、とにかく緊迫感が凄まじく恐怖すら感じさせる。

だが大衆ウケする要素は皆無。
理解不可能で退屈な騒音だと感じる人も多いと思うので、一番最初に聞くにはオススメしない。

Bad Moon Rising

85年の2ndアルバム。

サウンドや曲作りにおいて格段に向上した印象を受ける。
息の詰まるような緊迫感は相変わらず。

カオスティックなギターのノイズで、恐怖や怨念、怒りを表現したと言えば良いだろうか。
初期の傑作だ。

Confusion Is Sexよりも聞きやすいとは思うが、こちらも大衆ウケする要素は皆無。
だが、初期の断末魔のようなカオスが好きな人も多いだろう。

EVOL

86年の3rdアルバムで、Bad Moon Risingを気に入ったBlack FlagのラヴコールによりSSTからリリースされた。

このアルバムからドラマーとしてスティーヴ・シェリーが加入し、現在までの不動のメンバーが初めて揃ったアルバムだ。

後のアルバムで聞くことができるポップな要素が顔を出し始めている。
次のアルバム”Sister”が気に入ったなら聞いてみると良い。

Sister

87年の4thアルバム。
最高傑作にDaydream Nationではなく、このSisterを挙げる人も多い。

ポップな面が見事に開花。
轟音ギターによるカオスという、彼らならではの個性が伝わりやすい形で表現されている。

Schizophrenia、(I Got a) Catholic Block、Pipeline/Kill Time、Hot Wire My Heart、Kotton Krownなど、名曲が次々と出てくるアルバムだ。
特にアップテンポの曲が印象的。

The Whitey Album / Ciccone Youth

1988年にCiccone Youth名義でリリースされたアルバム。

バンド名はマドンナの名前(マドンナ・ルイーズ・チコーネ)を意識しており、ジャケットの写真もマドンナを使用している。
マドンナのBurnin’ UpとInto the Groove(y)のカバーも収録されている。

Sonic Youth名義のアルバムと大きく違うのはシンセサイザーなどの電子楽器を多用していること。
そのため彼らの作品の中でも一風変わった印象を受けるので、そこそこ楽しめる。

Daydream Nation

リリースは88年でインディ最後のアルバムにあたる。

インディ時代の代表的なアルバムで、最高傑作とも言われることも多い。
前作で開花したポップな要素を進化させた感じなので、初心者にもオススメだ。

ポップと言っても奥が深く飽きさせない。
Teen Age Riotは未だに彼等を代表する曲といって良いだろう。
Total Trashはギターのリフがポップなのでオススメ。

80年代インディの底力を感じさせるアルバム。

Goo

90年にリリースされたメジャー第一弾アルバム。
比較的理解しやすいので入門に適している。

Dirty BootsやKool Thing、Cinderella’s Big Scoreといったキャッチーな曲が多いが、変則チューニングの効果だと思われる彼等独自の音世界とカオスは健在。

Tunic (Song For Karen)は、音楽ビジネスのストレスから拒食症に苛まれ命を落としたカーペンターズのカレンを題材にした悲しい名曲。

大衆ウケを意識したメジャー的側面と、売れることを度外視して独自の世界を築くというインディ的価値観の中間点と分析されることが多いが、個人的にはセルアウトとは思わない。
Sonic Youthのキャリアの中でも上位に位置する名盤だ。

Dirty

グランジが勃発した92年リリース。

当時の雰囲気が影響したのかはよくわからないが、グランジを意識し過ぎた、メインストリーム寄りのアルバムを作っただのと批判されることもある。
プロデューサーとエンジニアにNirvanaのNevermindと同様の人物を起用したのも批判の根拠だったのかもしれない。
後にメンバーも失敗作だったと回想している。

しかし個人的には悪いアルバムだとは思わないし、聞きやすさという点では一押しのアルバムだ。
Sugar Kaneやイアン・マッケイが参加したYouth Against Fascismが特にオススメしたい曲。

流行の後押しもありバンド至上最高の売り上げを記録した。

Experimental Jet Set, Trash & No Star

94年作。
このアルバムから大衆性を排除し始めた印象を受ける。

本人が言うには、「ノイズやヘヴィさとは逆行するようなSister的な世界」だということ。

実際のところ手軽にノレるようなノイズはあまり目立たず、インディ時代のような混沌としたノイズが目立つ。

不思議なビートが印象的なBull In The Heather、妖しい雰囲気のSelf-Obsessed And Sexxee、曲の展開が読めないBoneなど聞き所は多い。

メジャーシーンで本領を発揮し始めたアルバムだと言えるのではないだろうか。
実際のところ、サーストンは意識的にDirtyのような音楽性から離れたと発言している。

Washing Machine

95年作。
90年代の最高傑作といえばこのアルバムを挙げる人が多いと思う。

前作以上にインディ時代を連想させる作風となっている。
だが、初期衝動や本能に従ったというよりは、計算されたノイズとまではいかないが「円熟味」や「ベテラン」という言葉が似合うサウンドだ。

聞けば聞くほど収録曲全ての質が高いことが分かるというSonic Youthらしいスルメアルバム。
特に”Becuz”、”Junkie’s Promise”、”Saucer – Like”の冒頭3曲と”Skip Tracer”は人気が高いと思う。

ラストを飾る20分にも及ぶ大曲”The Diamond Sea”はSonic Youthの新境地。
サーストンのリラックスしたヴォーカルで始まり、ノイズの洪水やクリーントーンを掛け合わせていく構成は美しさや儚さを感じさせる。
本人が言うには、実験的サウンドと楽曲を納得のいく形で融合できたのは初めてだそう。
まさに「ダイアモンドの海」、この曲だけでも聞く価値は十二分にあるはずだ。

A Thousand Leaves

自身のレーベル”SYR”からEPをリリースしたり、バンド外活動を活発化させたこともあって、前作から3年経った98年に発表された。

サーストン・ムーアによれば、前作の最後の曲である”The Diamond Sea”は画期的だったので、そのノリを今作に持ち込んだとのこと。
4曲目の”Wildflower Soul”を聞けばそれが理解できるだろう。

クリーントーンと穏やかなメロディ、大人のノイズ路線を推し進めたを言えば良いだろうか。
ハードの曲もあるのだが、個人的にはサーストンが歌う”Sunday”や”Hit Of Sunshine”などの方が好きだ。

NYC Ghosts & Flowers

2000年リリースで、ニューヨークをテーマにした3部作の1作目。
ジム・オルークが主にミックスで参加している。

今作より前のアルバムに見られた儚さや美しさを表現していた路線からは一転し、緊張感溢れる作風となった。
かといってインディ時代とは一味違う。
「大人の路線で緊迫感」と言ったところか。

特にリー・ラナルドが語るように歌うアルバムタイトル曲”NYC Ghosts & Flowers”の張り裂けそうな雰囲気が素晴らしい。

Sonic Youthのアルバムの中でも上位に位置する傑作だと思うが、難解で大衆ウケする要素は皆無。
奥が深いアルバムと評価するか、過剰な自己満足と批判するか二つに一つ。

PitchforkのNYC Ghosts & Flowersのアルバムレビューでは0点をつけられているが個人的には納得がいかない。

Murray Street

2002年リリース。
このアルバムもテーマはニューヨーク。
このアルバムからジム・オルークが正式メンバーとして参加している。

前作の緊張感は後退し、再びリラックスして聞けるような作風になっている。
かといって過去の焼き直しではない。

サーストンがアコースティックギターでソロ用に製作していた曲をSonic Youthの曲にしたことで、他のアルバムとは一味違う不思議な印象を受ける。
また、サーストンによればロックンロールを意識して製作したとのこと。

Sonic Youthらしいノイズギターもあるが、極端に難解ではなく聞きやすいので初心者にもオススメ。

このアルバム製作中に9.11が発生。
彼等がNYで使用していたスタジオも被害を受けた。

Sonic Nurse

2004年リリース。
ニューヨーク3部作の最終章にあたる。

The Diamond Sea以降の大人の路線をポップ化したようなアルバム。
非常に聞きやすくて理解しやすいし、随所にSonic Youthらしさを織り交ぜているので入門用にも適しているだろう。

決して駄作ではないが、個人的にはポップ過ぎるがゆえに、奥の深さが感じられず物足りない気もする。
じっくり聞くと面白い発見もあるのだが・・・

Rather Ripped

2006年リリース。
ジム・オルークが脱退し、再び4人編成に戻って製作された。

前作のSonic Nurse以上にポップなアルバムとなった。
Sonic NurseやMurray Streetの雰囲気が好きな人や初心者にはオススメしたい。

「Sonic Youthが普通にロックをやったらこうなった。」と考えれば興味深い。
だが前作以上に奥が浅いし、実験的な要素が皆無で、Sonic Youthらしくないというのが私の本音。

The Eternal

2009年作。
上述したように、しがらみだらけのメジャーレーベルを離れインディレーベルであるMatadorからリリースされた。
元Pavementのマーク・イボルドがベースとして加入した。

Sonic Youthらしい奥の深さとポップミュージックが見事に融合した傑作なので、最近のSonic Youthはロックンロール化が進行し過ぎて個性が消えてしまったと感じていた人には是非とも聞いてもらいたい。

サウンドはハードロックっぽいがDirtyとは全く違う。
サーストンが言うように、Sonic Youthの集大成的なアルバムといって良いほど様々な要素が詰まっている。
今までありそうでなかったアルバムでSonic Youthが未だに進化し続けていることを実感させる素晴らしい傑作だ。

日本盤にはボーナストラックとしてBeckのPay No Mindのカバーが収録されている。

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