Black FlagとSonic Youth

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Black Flag

ブラック・フラッグ数々のインディ・バンドの中でも、特にBlack Flagの影響力は無視できない。

USハードコアを代表するバンドだが、パンク・ハードコアにいち早くBlack Sabbathの要素を取り入た。
パンクとメタルの融合と説得力のあるヴォーカルに神経症的な歌詞で、独自のヘヴィなハードコアを確立し、後のオルタナティヴやストーナーに多大な影響を与えることとなった。

また全米ツアーに明け暮れることによってパンクを普及させ、インディ・シーンの発展に貢献した。

ハードコアはどんなに小さな田舎町でもパンクを鳴らせる、っていうことを全国に伝播させたわけだからさ。
Black Flagは、ドーナツ屋から高校の体育館と、演奏できる場所があるならどこでもやってやるっていう勢いで、1台のヴァンに全員で乗り込んで全米を駆け回ってたんだよ。

そうやってハードコアは、メインストリームの世界からは完全に隔離されたアンダーグラウンドのネットワークを作り上げたんだよね。 
(Sonic Youth / サーストン・ムーア ロッキングオン2003年5月号から引用)

Nirvana、Pearl Jam、Melvins、Mudhoneyなどのシアトルのバンドはおろか、NYなどの東海岸、カリフォルニアの閉鎖的な砂漠で活動していたQueens Of The Stone Ageのジョシュ・オムを筆頭に、アメリカのあらゆる地域のインディ・バンドから好きなバンドとしてBlack Flagの名前があがってくることには驚きだ。

ツアーを活用した最初のバンドだ。みんなのためにも彼らのためにもなった。 (パット・スメア)

このようなツアーの結果、全米のインディ・シーンの交流が盛んになり、インディ・シーンの活性化に繋がっていった。

インディ・バンドがお互いのレコードを交換したり。小さな販売ネットを作ったり・・・79年の夏から81年の夏、アメリカは火が点いた
(Black Flag / ヘンリー・ロリンズ)

Black Flagのグレッグ・ギンが設立したレーベル”SST”も影響力が大きかった。
Dinosour Jr.、Husker Du、Minute Men、Meat Puppetsらがリリースし、シアトル勢からはSoundgarden、Screaming Treesが所属した。

SSTは一番大きなゴールだった。大好きなバンドはみんな所属していたしね。
(Dinosaur Jr / J マスシス)

このように、インディでは憧れのレーベルを運営していたのもこのバンドだ。


Sonic Youth

ソニック・ユースSonic Youthも尊敬を集めたバンド。

81年にニューヨークで結成されたのだが、 時代と場所から推測できるように、Patti SmithやTelevisionといったNYパンクに強く影響を受けている。

しかしながら、彼等が活動を開始した時はこのような有名バンドは去った後で、パンクはアンダーグラウンドになった時代だった。
インディ・シーンは現在ほどのネットワークも注目度も皆無だった。

Sonic Youthもメインストリームから無視され続けたようだが、自身の音楽性や信念を曲げることなくツアーやレコード製作といった地道な努力を積み重ね、パンク不毛の地を耕していった。
そんな彼らのパンクな姿勢に感化されたバンドも多かったはずだ。
そのようなインディ・スピリットは後のバンドの手本ともなった。

このバンドがインディ・スピリットを糧に活動していなければ80年代のインディが活気付くことはなかったのではないか。


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