Big Black (ビッグ・ブラック) Rapeman (レイプマン) Shellac (シェラック)

Big Black Rapeman Shellac

Big Black 16曲 (You Tube)

Big Black (ビッグ・ブラック) Rapeman (レイプマン) の概要

スティーブ・アルビニはミュージシャンとしても、プロデューサー(本人はプロデューサーと呼ばれることを嫌う自称録音エンジニアである)としても有名だが、ここでは彼のバンド活動を取り上げる。

プロデューサーとしてはSteve Albini (スティーヴ・アルビニ)を読んでいただきたい。

アルビニはイアン・マッケイと双璧をなすアンチ商業主義者で、レーベルがバンド音楽性に介入し、またバンドの収入を搾取するというメジャーレーベルの運営方法を完全否定。

自身のバンドがメジャーレーベルと関わることは一切ない。

大学進学のためにシカゴ近郊のエヴァンストンに移住したアルビニはシカゴのパンクシーンに身を置くことになった。

1981年にシカゴの有名なパンクバンドであったNaked Raygunのジェフ・パツェッティとサンティアゴ・デュランゴとともにBig Blackというバンドを結成した。

音楽性は、簡単にいえば狂暴化したニューウェーブ。

ドラマーは在籍せず、ローランドのTR-606というドラムマシーンを使用した機械的なサウンドと、空間系のエフェクトがニューウェーブっぽい印象を受けるが、殺伐として攻撃的な冷徹サウンドとなっている。

また金属的なギターが非常に印象的なのだが、Wikipediaによると切り込みを入れた金属製のギターピックを使用し、一度のピッキングで二度弾いているような効果を生み出して金属音を表現していたらしい。

リリースした作品とツアーにより、アンダーグラウンドでは知られた存在となったが、多忙を極めたためジェフ・パツェッティはNaked Raygunに専念することになり脱退しデイヴ・ライリーが加入。

サンティアゴ・デュランゴは逆にBig Blackに専念するためにNaked Raygunを脱退した。

よりよいレコード流通を求めてHomesteadというレーベルからリリースするようになったが、ホームステッド側の詐欺まがいの行為により関係性を断ち、その後はTouch and Goから作品をリリースするようになり、アルビニとタッチ・アンド・ゴーは現在まで数十年にわたって関係性を保つこととなった。

バンドはヨーロッパツアーでも成功を収めるほどになったが、1987年の秋にサンティアゴ・デュランゴが大学院に進学する予定だったので、その時期にバンドを解散することを決定した。

人気絶頂の中でも商業的な成功にとらわれないアルビニらしい決定であった。

最後のステージは1987年8月9日のシアトルでのライヴとなり、会場にいたカート・コバーンがライヴの最後にアルビニが破壊したギターの破片をもらって帰ったという逸話が残っている。

Big Black解散後、アルビニはRapemanというバンドを結成した。

最大の特徴はドラムマシンではなく人間のドラマーを起用したこと。

しかし、このバンドは日本の漫画から名づけられたバンド名についてばかり注目され、非難を集めることとなった。

結局バンドは短命に終わり、解散理由もバンド名が原因だといわれることもあるが実際は人間関係の悪化によるものだ。

レイプマンが解散に追い込まれたのは、他の大半のバンドが解散するのと同じ理由によるものだ。

バンド内での音楽的なコンセンサスが得られなくなってきて、代わりに他のメンバーが、シーンにおける自分たちのポジションばかりにこだわり始めた。

僕にとっては、成功を周りと比較して計るなんてことはもっとも考えたくないことなんだ。

スティーブ・アルビニ クロスビート1992年6月号

2021年、アルビニは過去の表現について次のように述べた。

Shellac 20曲 (You Tube)

Shellac (シェラック)の概要

レイプマン解散後は、商業的な成功を追い求める連中が増えたアンダーグラウンド界隈になじめずにバンド活動からは遠ざかるが、1992年からShellacというバンドを開始した。

実をいうとこのバンド自体は2年くらい前から存在してたんだけど、最近まではほとんど真剣なプロジェクトとして考える気もなかったんだ。

でも、バンドとして商業的な影響を一切受けずにやっていこうと決意を固めるだけの勇気が持てた。

これがどれだけ楽しいものになるか僕にもわからないが、とにかく僕たちは謙虚な姿勢でバンドをやっていこうと決めたわけさ。

あと言えるのは、商業的な絡みが一切ないってこと。

人気も成功も全く関係なし。

ただいいバンドでいたいんだ。

スティーブ・アルビニ クロスビート1993年10月号

音楽性はBig Black時代と比較すると円熟を感じさせるものとなっており、強弱の激しい変拍子やSlintを連想させる単純なリフの繰り返しなど、単純に突っ走るだけの一本調子ではなく、ジャムセッション的でポストロック的なものとなっている。

結果的にアルビニが結成してきたバンドの中で最も長続きしているバンドとなった。

そもそも始めた時に商業的に成功しようとか、バンドの立ち位置といったことを一切考えなかったんだよ。

自分たちが満足することをやろうってだけだった。

それに3人が凄く親しくなったのも大きい。

今ではその友情が他の何よりも重要なんだ。

作ってる音楽にも満足してるよ。

でも、音楽的なこだわりはそこまでないんだ。

自分たちで、これなら追求し甲斐があると思ったものが出てこなければアルバムを作らない。

面白いと思えるツアーの話があれば、ツアーに出る。

でもバンドとして決まったスケジュールはないし、誰かに対して義務があるわけでもない。

ほとんど自分たちの為だけにやっているバンドなんだ。

スティーブ・アルビニ クロスビート2008年11月号

まさにアンチ商業主義者のアルビニの理想を体現したバンドといえるだろう。

アルビニは2024年5月7日に心臓発作により死去。Shellacの6thアルバムTo All Trainsのリリース直前の出来事だった。

関連リンク

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