カート・コバーンとエディ・ヴェダー(Pearl Jam)の対立

カート・コバーンとエディ・ヴェダー(Pearl Jam)の対立 90年代オルタナ

この記事は2008年10月に書いたのですが人気があるようなので2026年5月に改訂しました。

Nirvanaのカート・コバーンとPearl Jamのエディ・ヴェダーは対立関係にあったと言われることが多々ありますが、実際のところはどうだったのでしょうか?

私が目にしたインタビュー記事をもとに推測してみます。

非難を始めたのはカート・コバーン

考えてもみろよ。驚くべきことに、俺たち、誰一人として連中のことは何も言わなかったんだぜ。どのインタビューでも二言目には「君たちニルヴァーナ知ってる? 連中はクールかい?」って聞かれたんだ。誰も実際に連中を知ってるわけじゃなかったから、答え方はたくさんあったよ。

俺はカートと話らしい話をしたことはなかったし、確か数年前に連中のライヴを見に行ったときにクリス・ノヴォゼリックに会ったけど、奴をよく知ってるっていうわけでもなかった。だから俺たちは「ああ、連中のレコードはすごくクールだね・・・」としか答えられなかったよ。

クロスビート1994年02月号 ジェフ・アメン

Pearl Jamのジェフが言うように、相手をこき下ろし始めたのはカート・コバーンだったようです。Pearl Jam側からNirvanaを批判しているインタビューは存在はするようですが、私は見たことがありません。Tenの成功後はプロモーション活動を制御するようになったこともあってインタビューの数そのものが少なかったということもあるのでしょうが。

Nirvana側は、クリスがPearl Jamについて否定的な発言をしているインタビューは一つだけ目にしましたが、デイヴ・グロールに関しては発見できませんでした。ですからPearl Jamを批判していたのは主にカートだといっていいと思います。

それと重要なのはカート・コバーンからすると、エディ・ヴェダーというよりPearl Jamというバンドが気に入らなかったようです。カートvsエディというよりはカート vs Pearl Jamという方が正しい気がします。

Pearl Jamはヘア・メタルだったのか?

パール・ジャムやアリス・イン・チェインズみたいなバンドはオルタナティヴの波にのっかった、ただの操り人形だ。

ヘアスプレーやコック・ロック(男根主義ロック、80年代の主流だった商業的なヘヴィメタル)に何年もいたのが、突然髪を洗うのをやめてネルシャツを着始めた。

わけが分からないよな。

カート・コバーン / CROSSBEAT1992年8月号から引用 元記事はFLIPSIDEというアンダーグラウンド誌

この発言によるとPearl Jamはヘアメタルだったとのことですが真実なのでしょうか?

元々シアトル出身ではないエディ・ヴェダーに関してはよくわからないですが、ストーン・ゴッサード、ジェフ・アメン、マイク・マクレディの3人に関しては的外れな指摘ではないようです。

Pearl Jam結成以前、ストーン・ゴッサードとジェフ・アメンはGreen Riverというバンドで活動していましたが、ウチのサイトのGreen Riverのページに書いたように、パンク組(後にMudhoneyを結成するマーク・アームとスティーブ・ターナー)とメタル組(ストーンとジェフ)の対立により最終的にバンドは崩壊してしまいました。

元Green Riverのドラマーのアレックスの証言によると2人ともヘア・メタルが大好きだったようです。ストーンは1995年の来日時に次のように弁明しています。

ハッハッハッ(照れ隠しっぽい笑い)、アレックスの言ったことだろう。

その時代ごとに流行った曲をとりあえず聞いてはいるんだけど。ホワイトスネイクは余り好みじゃなかったけど、ボン・ジョヴィなんかは耳に入っていた。

いろんな意味でロック・ミュージックは段階的に変遷してきてるからね。情熱的にって感じじゃないだろうけど当時は聞いていたんだろうな。

クロスビート1995年04月号 ストーン・ゴッサード

私は苦しい言い訳みたいに思ってしまいますが、皆さんはどう思われるでしょうか。

ストーンとジェフがGreen River解散後に結成したのはMother Love Boneというバンドでした。Jane’s Addictionと比較されることもあった音楽性はさておき、外見だけで判断するとグラム・ロックと言われても仕方がない、ヘア・メタルと言われても否定はできない微妙なものでした。Googleで画像検索すればよくわかります。

続いてマイク・マクレディですが、1995年の来日時には正直に語っています。

(ところで、あなたのパール・ジャム以前のキャリアってのは、意外と知られてないんで教えてください。)

俺はシャドウっていうヘヴィ・メタル・バンドにいたんだ。

(ちょ、ちょっと待ってくださいよ、ヘヴィ・メタル・バンド?)

そう、11歳の時から9年もいたんだから(笑)。それが解散すると俺は学校に戻り、当時は自分が何をやりたいのかがわかってなくて、即席バンドをやったりしたけど成功しなかった。

ストーンとは俺がシャドウにいた頃からの友だちで、あいつはまだギターが弾けなくてさ、よく俺たちのショウを観にきてたっけ。ストーンが俺のやってたことを気に入ってたから、この後マザー・ラヴ・ボーンが解散した直後に、ある日突然連絡が入り全てが始まったんだ。

(ふええっ、ヘヴィ・メタルと今とが結びつかないんですけど(笑)。)

そいつはよかった(笑)。あそこからはなるべく離れようと思っているから嬉しいよ。でもあんな青臭いときもあったのは確かで、ジューダスプリーストやアイアン・メイデン、マイケル・シェンカーに結構入れ込んでいたし、革のパンツを履きそれに合った服を着てた。

他にもモーター・ヘッドだろ、ガールだろ、ハイノ・ロックスだろ・・・そうそう、ストーンと俺は日本から流れてきたガールの写真を集めていたこともある。このテの話はストーンは絶対にしないけどね(笑)。

(けどギタリストが二人もそういったルーツを持ってるんだから、順調にまっすぐ育てばスキッド・ロウか何かになってたかもしれないでしょう?)

勘弁してよ(笑)

(それがパール・ジャムへとなっていく意職変革は、どうやって起こったんですか。)

俺たちみんなの受けた影響のせいじゃないかな。ヘヴィ・メタルが好きだったのはずっと若い頃で、後はストーンズやジミヘン、スティーヴィー・レイ・ヴォーン、マディ・ウォーターズが気に入り、ブルースの世界に入っていったんだ。

プレイする方もわざとゆっくり弾き始め、意識的にフィーリングを重んじるようになった。つまり俺は、昔の影響をガンガン捨てていきながら、成長したってわけさ。

クロスビート1995年04月号 マイク・マクレディ

というわけでカート・コバーンが言うようにヘヴィ・メタルにいた連中が「オルタナティヴ」という流行に便乗し始めたという批判は大外れというわけではないでしょう。

ただ、Nirvanaのメンバーも少年時代は商業的なメタルを好んでいた時期があったようなので、お互い様だとも思えてしまいます。まあその後はパンクに出会って人生が変わっていったようですが。数年経てば考え方や好みも変化していきますしね。

Pearl Jamはオルタナの流行に便乗した偽物という批判

オルタナティヴを自称するバンドはたくさんいるけど、実際は数年前に流行ったサンセット・ストリップ(ロサンゼルスの通り)の長髪メタル・バンドから余分なものを省いただけだ。

パール・ジャムやニンフスやらの初犯犯罪者級バンドと俺たちが関係あるなんていう説は抹消して欲しい。

カート・コバーン JOURNALSから引用

これはメディア上での批判ではなくカート・コバーンの日記に書かれていたものです。

Pearl Jamが批判される理由として「単なるクラッシックなロックの焼き直し」というのがよくあげられますが、そういうことでしょうか?

Tenを聞く限りでは、私は確かに80年代のメタルバンドとは一味違うとは思いますが、パンクロックの洗礼を受けたアンダーグラウンド出身のバンドといった印象は皆無と言われても反論するのは難しいと思います。人によってはLAメタルと変わらない保守的な音だと感じるでしょう。

ですから、カートにとってはポーズだけ決めている偽物オルタナティヴだったのではないでしょうか。同朋意識など感じることはできなかったのでしょう。

Pearl Jamは商業的な成功を追求しているという批判

パール・ジャムこそがロック・スターになりたいためにアンダーグラウンド・シーンを利用しているバンドだからなんだ。連中は偶像視されたがっているだけだよ。インタヴューなんか読むとそうでもなさそうだけど、連中は本当にインタヴューのやり方がうまいんだ。

俺はね、連中がどういう人間なのかよく知っているからそう言うんだ。あいつらはただのロック・スター願望を持った連中で成功以外は何も欲しくないんだ。金持ちにはなりたい、かといって人のためになるようなことには自分の金はビタ一文たりとも出す気はない、そういう人間だよ、あいつらは。

連中は単なる毒だよ、で、俺はそれを人々に忠告するのを自分の義務とさえ考えているよ。全く大嫌いだよ、あんなのは。

ロッキングオン1992年5月号 カート・コバーン

カートはあたかもPearl Jamのメンバーのことをよく知っていると言っていますが本当なのでしょうか?

確かにシアトル近郊で活動していた時期はステージを目にする機会もあったかもしれませんし、仲間内からいろいろと噂話も聞こえていたのでしょう。実際に接触もあったのかもしれません。

NirvanaとMudhoneyの仲の良さは有名ですが、Mudhoneyのマーク・アームとスティーブ・ターナーは前述したようにGreen Riverのメンバーでしたから、ストーンとジェフの人間性に関してはよく知っていたでしょう。2人を通じてカートにも伝わっていたのかもしれません。

Green Riverの内部では、メジャーレーベルとの契約を進めたかったストーンとジェフ、それに対しSUB POPにとどまり続けることを望んだマークとの間で対立があったとされています。

また、Mother Love BoneもPearl Jamもインディ・レーベルからのリリースはなく、ストレートにメジャーレーベルからアルバムをリリースしたことを考えると、カートがそのように発言するのも理解できる気がします。ただ、推測でものを言っているような気がしないでもありません。

というわけで、私もこの対立に関しては推測しかできませんが、カートが批判した内容が全体的に理不尽だったかと問われると否定はできないと思います。ただ、言い過ぎた部分、誇張した部分はあるとは思います。

海外の雑誌を購読していたわけではないですが、マスコミが対立を煽った部分もあったと思われます。バンドもフロントマンも比較しやすい立ち位置でしたから。

ロッキングオン1992年7月号で、カートの上記のインタビューについて聞かれたエディは非常に困惑した様子を見せ、この質問には答えられないとしながらも、Pearl Jamにはパンクっぽさがないからカートがそんなことを言うのかもしれないと回答しています。

両者の和解

ともあれ、両者は最終的には和解します。

まずはじめに、俺達が得たような急激な成功は、ある程度の軽蔑や敵意を引き起こすんだ。俺自身、いろいろ苦労したよ。正直なところ、雑誌の一面にバンドや自分の写真が載っているのを見ると、時々あの男のことが嫌になってさ。

俺はローリング・ストーン誌からあいつにこう言ってやった。「バンドがローリング・ストーンのカヴァーを飾る頃には、Nirvanaの音楽はもう好きじゃなくなっているよ」ってね。

そして大抵何かが変わってしまう。有名になっちまったら、もうそのバンドを好きでいることは面白くないのさ。それだから、俺はバンドが成功してこんなレベルまで来てしまったことでも問題を抱えるようになり、敵意や疑いを持ってる人間と渡り合うことができるようになった。

もし俺が連中だったら、俺だってバンドのことをこき下ろしていただろうな。

君たちのコメントを耳にしたのを思い出したんだけど、プレスの記事や写真、あるいはレコード会社の売り出し方とか、特にヨーロッパじゃレコードに「シアトル・サウンド」ってステッカーを貼られちまうし、とにかく俺達がコントロールできないようなものからしかリスナーがバンドのことを知ることができない場合には俺だって同じことを言うだろうよ。

こういうことがあったんで、俺は個人的に俺達の売り出され方ってのを調べて、こう言ったんだ。「じゃあ、俺たちあの競技場から出てようぜ」ってな。

あいつらの言い分にも多分一理あったことが分かりかけたんだ。俺にとっては、パール・ジャム VS ニルヴァーナっていうのはもう手に負えないものになってしまったんだよ。この件は表沙汰にするべきじゃなかった。でもまあ、今じゃお互いの関係は上手くいってるんだ。

お互いの関係を大事にするようになった経緯は話したくないね。もう大丈夫なんだ。これでこの話はお終い。

クロスビート1994年02月号 エディ・ヴェダー

次にカート・コバーンです。こちらも口調は重いです。

(パール・ジャムに関して、今はどう思っていますか? あなたとエディ・ヴェダーのツーショットでタイム誌の表紙を飾るといううわさもありましたが)

あまりその話はしたくない。他人をこきおろしても、自分のためにはならないということを今回の件で思い知ったよ。パール・ジャムとニルヴァーナのあいだのいざこざはずっと続いていたわけだけど、ようやくうまく行きかけていることを考えると、これまでのことは残念でならないね。

(そもそもヴェダーとの一件がなんだったのか、原因は明かされないままですが。)

そんなものは最初から何もなかったのさ。パール・ジャムは好きなバンドではなかったから、こきおろしただけ。しかもエディに会う前の話だ。悪かったのは僕だよ。

こきおろすんだとしたら、彼らではなくレコード会社にすべきだった。あいつらは自分たちの意思に反して、気づかないうちにグランジに便乗する形でマーケティングされてしまっていただけなのさ。

(彼らもあなたたち同様に”前作を超えるアルバムを創るプレッシャー”を受けている点で共感できますか?)

ああ。でも今回のアルバム(In Utero)での僕らほど、あいつらがオーディエンスに挑戦していないことは確かだね。あいつらは健全なロック・バンドさ。万人に好かれる優等生ロックバンドなのさ(笑)。ちぇ、もうちょっとましな言い方を考えていたのにさ。

何が頭にくるって、僕ら自分たちの持てる最高の曲だけを集めて1枚のアルバムを創ることに、いつも必死なんだ。今いるバンドの大半よりも、僕達の方が勝っていると自負しているよ。

でもアルバムを創るには、何曲かキャッチーな曲があれば、残りはクソのようなバッド・カンパニーのパクリで構わないんだということを思い知らされたね。でも僕にそんなことはできない。

昔から僕が好きだったのは、エアロスミスの「ロックス」、セックス・ピストルズの「勝手にしやがれ!!」、レッド・ツェッペリンの「レッド・ツェッペリンII」、AC/DCの「バック・イン・ブラック」というように、次々と名曲が飛び出してくるようなアルバムだったんだ。

カート・コバーン・トリビュートから引用 元記事はローリング・ストーン誌 1994年1月

両者の間でどういうやり取りがあったのかは知る由もないですが、関係は修復されたようです。

2011年に公開されたPearl Jam Twentyという映画は、1992年のMTVビデオ・ミュージック・アワード(おそらく9月9日)のバックステージで、エディとカートがダンスしているシーンが収録されて話題となりました。

でも和解したとはいえ、カートはPearl Jamの音楽性は好きになれなかったようですね。

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