Green River (グリーン・リヴァー)

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Green River (グリーン・リヴァー)のアルバム紹介

Green River (グリーン・リヴァー)の概要

Pearl Jamのストーン・ゴッサードとジェフ・アメン、Mudhoneyのマーク・アームとスティーヴ・ターナーが在籍していたことでも知られる伝説のバンド。
結成は84年と古く、パンクとメタルの融合という音楽性はBlack Flagからの影響が大きく、SoundgardenやMelvinsと並んでシアトルではこの手のサウンドの先駆者であった。

Green River 16曲(You Tube)

結成当初は無名な存在で10人ぐらいの観客の前でプレイしたり、単なるメタルバンドと罵られたり苦労を重ねたようだが、87年頃になるとシアトルではかなり知られた存在になりカリスマ視されるようになっていった。
だが、元々バンド内ではパンク派とメタル派の対立があったらしく、結局それが87年の解散の主な理由となる。
まずは85年にスティーヴ・ターナーが追い出される。

バンドの中ではジェフの意見が強くてさ。彼はレイヴンやキング・ダイアモンド等のヘヴィ・メタルを好むんだけど、
スティーヴがメタル大嫌いで……。ジェフがメタルっぽいのをやると、スティーヴが悪態をつくんだ。
結局ジェフに怒鳴られて彼は去っていくんだけど。
(Green River / アレックス・ヴィンセント クロスビート1995年2月号から引用)

次は解散理由。

2回目のツアーの時運転手がカー・ステレオの音楽を選べるように決めたんだけど、ジェフやストーンが運転するとボン・ジョヴィにホワイトスネイクがかかって、マークがハンドルを握るとビッグ・ブラック、フレイミング・リップスが流れてくる。
僕はマークの趣味はOKだけど、ジェフが嫌がっててね。
しかもこの頃マークはガールフレンドとやたらイチャつくようになって、他のメンバーのイライラをつのらせてしまったんだね
(Green River / アレックス・ヴィンセント クロスビート1995年2月号から引用)

解散後は、マークとスティーヴのパンク組はMudhoneyで、メタル組のストーンとジェフはMother Love Boneを経てPearl Jamで活動することになる。
ちなみにアレックスは90年代初頭に来日し、大学留学(英語教師?)しながら日本でバンド活動をしていた。

Pearl Jam結成前にシアトルのプロモーターから再結成のオファーがあったそうだが、ジェフとマークは「冗談じゃない」と答えたそうだ。
しかし2007年秋、ジェフが2008年のSUB POP設立20周年記念イベントで再結成するとメディアに語った。
再結成は実現したようで、SUB POPのイベントの他にも数回ライヴを行ったようだ。

関連リンク


Green River (グリーン・リヴァー)のアルバム紹介

1.コンピレーション

Rehab Doll/Dry As a Bone

現在簡単に入手可能なのはこの作品しかない。
SUB POP時代のEPとLPを一枚にまとめたもの。

パンクとメタルの融合という点ではマークがヴォーカルだったためかパンク寄りに聞こえる。
しかし、随所にメタリックなリフやギターソロも聞ける。
過激さを感じさせる曲が多く、陰鬱でドロドロした雰囲気も多少味わえる。

先駆者として伝説のバンドと言われるのも十分納得できる。
This Town、Swallow My Prideは名曲なので聞いてみて欲しい。

Rehab Doll/Dry As a Boneの日本盤


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