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アルバム・バンド批評

Kill Rock Stars、Bikini Kill、Riot Grrrlの更新終了とUnwound

コンニチハ、Kill Rock Starsの副社長でトビ・ヴェイルの妹のマギー・ヴェイルです。

その当時(90年代グランジオルタナ期)、アメリカの北西部にいるのは凄くクレイジーだったわ。
もう、規模がものすごく大きなことになってて、あれ以上大きくならないんじゃないかなって思うくらい。
特に、バンド達に投入されてた金額とかは凄かった。
色んな著名人がキル・ロック・スターズに電話かけてきてたわよ。
ソフィア・コッポラ、マイク・ワットとかザック・デ・ラ・ロッチャとか。
ほとんどはビキニ・キル宛てだったけど。(マギー・ヴェイル / クロスビート2008年4月号から引用)

渋松対談は長らく掲載されていないんでコンニチハが何のパロディか理解してもらえないし、そもそも最近の若者はロッキングオンなんて読まないんじゃないかと思う今日この頃です。
去年からRiot Grrrl、Bikini Killといったページを更新してきて、最後にKill Rock Starsのページを追加してようやく一区切りをむかえることができました。
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SlintとBlack Country, New Roadと

コンニチハ、Hyottokoです。
先日、Slint(スリント)のページを追加しました。
ページの追加なんて何年ぶりなのでしょうか。

あのサイトには掲載されているべきバンドが欠けているのは自覚はしておりますが、ようやく1バンドだけでも掲載することができてよかったです。
Slintは本当に革命的バンドですから掲載されていないのはマズかったですから。
リリース作品が少なかったので、思いのほか作業時間はかかりませんでした。
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過去の呪縛から逃れられないビリー・コーガン

コンニチハ、ビリー・コーガンです。

「サイアミーズ・ドリームは最高の作品だ」と言われたら、僕の中に湧く感情があって、それは、「サイアミーズ・ドリームが最高」と言う言葉の中には、もうあんな作品は二度と作れない、君があんな風に注目されることはもう二度とない、という意味が込められているんじゃないかということ。
再び偉大な音楽を作るということを僕のファンが信じなくなったとき、両者の間の会話は、まったく異なるものになる。
つまり今のモチベーションに興味を持ってもらえなくて、「なんで昔の曲は演奏しないんだ」って言われる始末だし、今はもう優れたアーティストでもないのに、やるべきことをやらない厄介な人だという見え方になってしまうというね。(ビリー・コーガン ロッキングオン2012年8月号)

2000年のSmashing Pumpkins解散後のビリーについて書こうと思いますが、手短にいうと過去の名作Siamese DreamとMellon Collie and the Infinite Sadnessとの比較との闘いの中で迷走していったということでしょうか。
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Smashing Pumpkinsはビリー・コーガンのワンマンバンドなのか?

コンニチハ、ビリー・コーガンです。

僕が感じたバンドの問題点というのは、ゲームをやってるようなもんだってこと。
僕は僕でバンドを仕切ってないフリをするし(笑)、他の連中は実際やってること以上にやってるフリをするしね。
僕はスタジオで毎日12時間働いてた。
ところが他のメンバーは、スタジオに来てもテレビばかり観てたり、「このサウンド、イマイチだな」とだけ言って5分で帰ったり……
で、僕も「そうだね」って意見を聞くフリして、相手が帰った途端に「ファック・ユー!」と(笑)。
やっぱりバンドなんだからポジティヴな関係を保たなきゃ、フリだけでも仲良くやらなきゃ、って思っちゃうんだよね。
でもそれは見え透いたごまかしでしかない。
フェイクなんだよ。

実際には僕が全ての音楽を作って全ての決断を下してるし、ビジネスに関しても僕自身が電話で仕切ってるのに、インタヴューになると他のやつらが「朝から晩まで頑張って仕事したよ」なんて話して、横で僕は「……そうだね」って言うしかないわけ。
そこで「ウソつくな、ジェイムス。一生懸命なんてやってなかったじゃないか。俺はちゃんと見てたぞ」とは言えないだろ。
実際、民主的なバンドっていうのは大衆の幻想でしかないんだよ……長々と演説しちゃってゴメン(笑)。
ただ、大衆がバンドは民主的なものだと信じたがってる時には、バンドは決して天狗になったりしない、っていうのも事実なんだよね。
例えばジェイムス・イハの友達が「ビリー・コーガンなんていなくても大丈夫。ビリーなんかクソ食らえだ」と吹き込んだ途端、ジェイムスは天狗になってパンブキンズを出ていった。
でも今のあいつは何もしてないのも同然でさ、「ほら1曲を書こうぜ!」とケツを叩いてくれるビリーが側にいないからだよ。
僕はバンドのそういうところが嫌いなんだ。
バンドなんて見せかけなんだよ。本物じゃないんだ……

もちろん良い点もあるよ。エネルギーの集合体としてのバンドは素晴らしいと思う。
例えば今ここにいる僕達3人の乗った船が、海のド真ん中に放り出されてしまったら、仲良くやっていく方法を見つけるしかないだろ?
今日は僕が漁師になって君は船の操縦を担当して、明日になったら君が「今度は僕が漁をするよ」と手を挙げる、みたいにして、船の中での民主主義を築かなきゃならなくなる。
夜起きてるのが得意な人間は夜間の安全確保を担当するとかね。
それと同じで、本来ならバンドでも各メンバーの力を集結させて音楽作りを行なうわけ。

そういう意味では、オリジナルのスマッシング・パンプキンズの魂って、凄くダークなんだよね。
あの4人のメンバーの魂っていうのがとてつもなくダークで、そのせいで音楽も非常にヘヴィなんだ。
僕にも理由は分かんないんだけど、エモーション自体がヘヴィなわけ。
今の僕は、あの頃ほどダークじゃないのにさ。
だから4人の集団としてのエネルギーが凄くダークなものだった、ってことなんだろうね。

中略

でも……10年前の僕と今の僕がどう違うかと言うと、10年前の僕は自分の力を信じてなくて、不安に苛まれてて、生活そのものも混沌としていて、決して良好とは言えない人間関係に悩まされてた。
ジミーはドラッグ中毒だったし、ダーシーも中毒寸前だったし、ジェイムスに至っては……まるで宇宙人だったしね。
でも僕には「そんなお前に我慢するつもりはないからな」と言えるまでの自信がなかった。
だから僕は魂を売り払い、「分かった、僕に音楽を作らせてくれるなら我慢しよう」と、悪魔と契約を交わしたわけ。
でも今の僕は誰にも我慢したりしない。
北極点に到達した探検家みたいに旗を突き立てて、「これは俺の音楽だ。俺が仕切ってて、自分のやってることもちゃんと分かってる」って宣言したんだよ。
「そんな俺についてくるか?ついてこないやつはクソ食らえだぜ」ってね。
単純そのものだよ。

「みんなで一緒に頑張るんだ」とか何とかいう思春期の夢みたいな理想には絶対に戻るつもりはない。
そんなの絶対うまくいかないし、実際パンブキンズ時代そんなふうにすんなりいった例もなかった。
「手を握り合って頑張ろう、バラ色の気分に今でもなれる」なんて考えるのは浅はかだし、それより今の僕にとって最も重要なことは、パワフルな音楽を作ることに尽きるんだ。
パワフルな音楽を作りさえすれば、みんな自然についてくる(笑)。
ファンもマスコミもバンドのメンバーもみんなついてくるんだ。
実際に大事なのは音楽だけなんだよ。
だから、とにかく作ればいい……それだけでいいんだ。他のことは大して重要じゃないんだよ。(ロッキングオン2005年10月号)

インタビューの引用が長くなってしまいましたが、今日はSmashing Pumpkinsを語る上で避けて通れない話題です。
再結成アルバムZeitgeistがリリースされたときはオリジナルメンバー2人の不在を嘆く声が聞こえたものですが、実際のところその2人のライヴ以外の作品制作に関する貢献度はどのくらいのものだったのでしょうか?

結論からいうと本人や当事者たちにしかわからないですね。
部外者は音楽を聞いて判断するしかないです。
あとは当事者たちの証言でしょうか。

まずGishとMachinaに関してはよくわかりません。
Siamese Dreamのエピソードとしてドラム以外は全てビリーがプレイしたというのは有名な話です。
Gishに関してもそのような噂はあります

意外と知られていないのがAdoreなんですが、レコーディング中のバンド内の人間関係は最悪だったようです。
ビリーが2005年に公表した回顧録によると制作中ダーシーはドラッグ問題で存在しないも同然、ジェームズはレコーディング中に借りた家に住むことを拒否しホテル暮らしで別行動、ビリーはジェームズは不要だと考えていたとのこと。

実際のところビリー一人でほとんど作業していたようですが、ただ3人が演奏したときに生まれた魔法の瞬間についても回顧録には書かれているので、貢献度ゼロとはいいがたいです。

で、話がさらにややこしくなるのがMellon Collie and the Infinite Sadnessです。

元々僕だって、アルバムはバンドの作品であるべきだという気持ちは持ってたつもりなんだ。
各々がアルバム全体に貢献しなきゃならないってね。
それが実現したのが今回の作品(Mellon Collie and the Infinite Sadness)なんだよ。
一つには僕がそういった貢献に対して以前よりオープンになってきたってこと、同時にメンバー各自が積極的に貢献する姿勢を見せ始めたってことがあると思う。
いくら僕が「アイディアを出せよ」と言おうが誰も何もやろうとしないんじゃ話にならないけど、今は「貢献してくれ」と言えば全員が貢献してくれるようになったんだ。
要はこの2つのバランスの問題で…ダーシーとかこれまでとは違ったところにまで貢献してくれてるし、他の2人にしてもこれは同じで、きちんと結果にも表われてる。(ビリー・コーガン クロスビート1996年4月号)

前作Siamese Dreamではあまり活躍の場がなかったダーシーとジェームズですが、メロン・コリーでは多大な貢献をしたといわれています。
この時期はバンド内の人間関係は良かったようです。
Wikipediaに掲載されているジェームズ・イハの発言は「大きな変化はビリーが大きな存在ではなかったこと。」とあります。
主役として主導権を握っていたのはビリーなんでしょうが他のメンバーもバンドメンバーとして貢献したと。

実際のところメロン・コリーが最高傑作といわれることが多いですし、何より音楽性の幅が最も広いですよね。
この音楽性の幅広さがダーシーとジェームズの貢献によるものと解釈するか否かが別れ目でしょうかね。
オープンマインドなプロデューサーのフラッドやアラン・モウルダーの影響とも解釈できますし。
本人たちのみぞ知るってところでしょうか。

ダーシーの名前が作曲者としてクレジットされていた記憶はないですが、ジェームズはいくつかあります。
ただ、ビリーとの共作と主にB面の曲なんですよね。

解散後はことあるごとにビリーはジェームズ・イハについて批判してきましたが、ジェームズはどうやら音楽に対してあまり熱心ではなかったようですね。
ただスイッチが入ったときのイハの創造力は認めていたようです。
愛憎渦巻くスマッシング・パンプキンズの20年(ローリングストーン日本版)

対するジェームズ・イハですが1998年のソロアルバムリリース時にチラリと語ったことがあります。

確かに僕はビリーの労力にはすごく敬意を払っている。
でもそれと同時に、たとえばプロデューサーとしては僕の方がずっと上だと思っている。
アレンジに関しては僕の方がいい耳してるからね。
それに毎回僕も曲作りに貢献してるんだぜ。
どのアルバムにも共作した曲が必ず2,3曲入ってるし、ただパンプキンズにおいて何より大事なのは、誰がその曲を書いたかより、どうやってその曲に命を与えるか、ってことだと思うんだ。(ロッキングオン1998年3月号)

アレンジについては必ずしもアートワークなどにクレジットが残っているわけではないので本当に当事者たちにしかわかりません。

この手の議論、Nirvanaのカート以外のメンバーについてもそうですが、各自が好きに解釈して思うところを語ればいいのではないでしょうか。
私がどう思うかというと推測の域を出ませんが、何かしらアルバム制作に貢献できるからバンドメンバーだったのだと思います。
それにMellon Collie and the Infinite Sadnessの音楽性の幅広さを考えると貢献度はそれなりにあったのかなあと思います。
ただ、貢献度なんてアルバムによって変わるものですからねえ。
傑作Siamese Dreamはビリーがギターもベースも演奏したと知ったときはかなりショックだった記憶があります。

皆さんはどうお感じでしょうか。

Smashing PumpkinsのMachina/The Machines Of Godは埋もれた傑作

コンニチハ、ビリー・コーガンです。

だから「アドア」発売後に解散するって決めて、それで解散する前にもう1枚どうしてもアルバムを作りたいってことになったんだ。
で、解散を決めて1枚アルバムを作るってホントに精神的にも肉体的にも大変な作業になるわけで。
だからみんなが、「ああ、大変だあ」とか、「ジミーかいてくれたら…」なんて言い出してね。
で、僕が「みんながそう思ってるならホントにジミーに戻ってきてもらって最後に1枚作ろうよ」って言ったんだ。
それで実際ジミーが復活してくれたおかげで。ハンドのみなの気持ちが落ち着いたというか。
このアルバムがハンドの将来にどういう影響を与えるか心配しなくてよくなったと言うか。
このメンバーで最後にもう1枚アルバムを作る意義が明確になったんだ。(BUZZ2000年7月号)

相変わらずブログの更新はえらい久しぶりになっておりますが、サイトの方は宣言どおり少しずつスマパンのページを更新しています。
その流れで今日は今更ながらSmashing PumpkinsのMachina/The Machines Of Godについてです。
あらためて聞いてみると凄く良いんですよ。

リリース当時に時代の状況を横目にリアルタイムで聞くのと、リリースから何年も経て純粋に音楽だけで判断するとではかなり違います。
私にとってはRadioheadのKid AとAmnesiacを思い出します。
AmnesiacはKid Aと同時期のレコーディング、セッションから生まれKid Aリリースからわずか8か月後にリリースされました。
だからKid Aのインパクトが強すぎてAmnesiacはそれに埋もれがちだったんですが、何年もたった後に聞くとKid AよりAmnesiacの方が良いと思います。
Smashing PumpkinsのMachina/The Machines Of Godもこんな感じです。
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L7のドキュメンタリー「プリテンド・ウィ・アー・デッド」の感想

コンニチハ、お久しぶりです。

長らくダラダラ作業していたL7のページの更新は終了しました。

このバンドのアルバムはYou TubeのL7のオフィシャルチャンネルで無料で聞けるんで試してみてください。

今日はこのバンドのドキュメンタリー「プリテンド・ウィ・アー・デッド」の感想です。

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Afghan Whigsのページの修正が完了しました

GRUNGE ALTERNATIVE (グランジ・オルタナティヴ)の総合サイトですが、ようやくAfghan Whigsのページの更新が終わりました。
仕事は忙しいし、休みの日はボケてしまった両親との戦いに忙しいですが、このブログ共々まだ終わる気はありません。
マイペースで更新していくつもりです。
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Arcade FireのEverything Nowの感想

リリースされてからしばらく経ちましたが今日はArcade FireのEverything Nowの感想です。
Rolling Stoneのように高評価のメディアもあればPitchforkのように低評価のメディアもあるようで、賛否両論あるようです。
私の中では10点満点中6点ぐらいです。 続きを読む >

2017年にPJ Harveyについて再考する

昨日はPJ HarveyのThe Hope Six Demolition Projectの歌詞和訳を投稿しました。
もう2度とないであろうと思っていた来日公演はもうすぐです。
これをご覧になっている皆さんは行かれるのでしょうか?
私はもちろん行きますよ!
ライヴに行くこと自体がとても久しぶりな気がします。

これを書いている現在、某チケット販売サイトでは空席状況は○になっています。
やっぱり売れてないんですかねえ。
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再考:Faith No Moreのジム・マーティン

コンニチハ、Hyottokoです。
実を言いますと義理人情でいまだにロッキングオンを買い続けているんですが、長いこと渋松対談が掲載されていません。
完全に終わってしまったのでしょうか。

1か月以上も前ですがFaith No Moreのページの修正が終わりました。

たいていの場合はこのようにブログやTwitterで宣伝するとアクセス数が増えるんですけど、Faith No Moreは思ったよりも増えません。
やはり日本では人気がないんですかねえ。
私は去年の来日公演には行かなかったのですが、入場者数はどうだったのでしょうか。
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