New Eccentricのスタート地点

先日取り上げたニュー・エキセントリックについてです。
Snoozer最新号での取り上げ方は凄いですねぇ。

俺の中では複雑な感情が渦巻いています。
「くだらない音楽用語が出現した」と皮肉を言いたくなります。
その反面、似たり寄ったりのバンドが流行するのではなく、流行など気にしないで面白い音楽をやっているバンドが台頭してくるのではないかという期待も抱いてしまいます。
退屈なフォロワーを一掃してくれるような印象も受けます。
色んな矛盾が俺の中にあります。

New Eccentricという言葉がどの程度普及するかは予想できませんが、ムーヴメントが始まり、マスコミが煽りまくり、ビジネス的な要素が絡んできて、本来の意味を失い、死んでいくまでを観察するのも面白いと思います。

というわけで、ニュー・エキセントリックを定期的に追っかけてみようと思います。
まあ、トレンディな音楽用語にならなければそれまでなんですけどw

今日は取り敢えずNew Eccentricのスタート地点。


以前も書きましたが、この用語を生み出したのはObserver(オブザーヴァー)という雑誌。
Googleで検索してみると日本ではまだ下火なようですが、HMVの音楽情報ニュースが引っかかったりと、情報の早い方々は認知しているようです。

でも、全ての始まりはオブザーヴァー誌。
一体どういう記事だったのでしょうか?

というわけでWEBで見つけ出しました。
New literate British bands | Rock | guardian.co.uk Music

この「新しい文学的なブリティッシュバンド」と題された記事がスタート地点。
英語なので読解するのが大変でしょうがw
ほんの一部分だけインチキ翻訳してみました。
あまり信じないようにw

以下、とても長いです。

新しい知的な階級による文学的なブリティッシュ・ロック・バンドは田舎臭いインディ・ロックに挑戦する。

The Velvet UndergroundからPulpやThe Smithまで、知的なアウトサイダーによるロックンロールは常に居場所があった。
「インディ」はこれらのバンドのレッテルだった。
80年代、ヘアスタイルをフロッピーフリンジにした大勢の気取り屋が原因で身動きが取れなかった。
Postcard Recordsのような小さな帝国や、Franz FerdinandやLibertinesのようなバンドは決して立ち去らなかった。

しかし90年代のブリットポップ・ムーヴメントから、Oasisがアノラックを着たキングコングのように支配するようになると、自慢げな態度で君臨するという美学が定着した。
突然、「インディ」という言葉は配管工タイプのドラッグでぼんやりしているような奴を意味するようになった。
モジャモジャ頭の伝統主義者、マッチョで無礼、虚勢をはった彼らはギターで最小公倍数(主流派という意味か?)にアピールした。

しかし、現在のインディ・ロックはColdplayやRazorlight、その他バンドのようなスタジアムからしたたる退屈で害のないバンドと同様に多く存在している。
Tesco(企業名?)やあなたのお父さん、携帯電話広告や隣の女の子に取り込まれて、インディ・ロックはそれまでよりも偏在(かたよって存在すること)するようになった。

この12ヶ月間に変わり始めた。
賢いキッズは常道から外れた遠いところを見ている。
この頃、自尊心を持った新しいバンドは、目のくらむような独特のサウンドを縫い合わせることを事実上命令されている。
Late of the Pier、Crystal Castles、Metronomy、Hadouken!、Vampire Weekend、Battles、Tigerpicks、Ting Tings、XX Teens、frYarsを聞くがいい。
(バンド名以外の細かい表現は面倒だから省略しました)
ポストパンク・ブームだった80年代中頃から、インディが多様で華やかには見えなかったし、バンド名がバカらしいバンドも多く存在していなかった。

率直に言って、「iPod/ MySpace/ Google/」の世代、あなたが非難せずにはいられない呼び名であっても予想してみるべきだ。
良くも悪くもテクノの大渦巻きは、「自分で発見する」という新しい世代の到来を告げた。

OasisがSex Beatles(ピストルズとビートルズのことか?)を再レコーディングするのを体験した直線状のポップミュージックの話は灰色で不適切、音楽史は自ら崩壊していった。
GregorianからCaptain Beefheart、Steve ReichからStevie Wonder、Sandy DennyからPILまで、最適な攻撃対象だった。

OMM(オブザーヴァー・マンスリー・ミュージック)が特に支持していることは以下のとおり。
FoalsはFugaziやテクノ、Gwen StefaniやEthiopiquesといったあらゆるものから影響を受けている。
Lightspeed ChampionはWeezerの才能について熱弁できると同時にGirls Aloudも賞賛している。
Frederick MacphersonはKing Crimsonや70年代に目を向けると同時に、ダブステップやベースライン・ニーシェにも目を向ける。
Jack BarnettはWu-Tang Clangとドイツの実験的ノイズバンドのEinsturzende Neubautenが同じくらい好きだ。

ニューヨークの批評家であるサーシャ・フリア・ジョーンズは、Arcade FireやWilcoのような音楽的に狭量なバンドを非難した後、USインディの仲間内で議論に火をつけた。
多くの白人のロックバンドは、我を忘れるような激しい歌、ブルースのギターのような声、へヴィなアフリカのダウンビート、20世紀半ばの黒人の音楽の特徴であった精密に考え出されたショウマンシップ。
なぜ多くの白人ロックバンドは、これらから退いたのか?
2008年のブリティッシュバンドはこの非難に当てはまらない。

この新しいタイプは思慮深い人の奥義を受け継いでいる。
壮大なジェスチャーと文学に刻まれた大きなアイデアの濃縮ために音楽が「るつぼ」になりえると知っている。
単純なスローガンが含まれた歴史的、文化的なアイコン。

繰り返し使われる構成ビデオのために、彼らをニュー・エキセントリックと呼ぼう。
著者デイヴ・エガースがSpin誌で述べたように、オーディエンスは何かをしでかしそうなバンドに飢えている。(彼はPolyphonic Spreeについて述べたが、我々はこの点を無視することができる)
全ての人にアピールする念入りに製作された退屈な肉じゃがロックに代わって、新しい連中は神秘的でグラマラス、ショウマンシップ溢れるシーンを生み出す。

これは15年間支配し続けてきた60年代の白人のロックの強迫観念に対する反発だ。
そのような逆行は未だに存在する。
女性の胸をいやらしい目で見るPigeon Detectivesや、流行中のマンチェスター出身のホットなバンドCourteenersなどだ。
しかしこれらのバンドは詐欺的思考を持つ仲間の支持を得ることはないだろう。

俺のインチキ翻訳は以上です。
これ以上は無理。
これだけでも3時間以上はかかったんだから!
何度も言いますが、あまり信じないで下さい、正確性は保証できません。

英語特有の回りくどい表現が理解しにくい面もありますが、ぼんやりとでも理解できるでしょうか?

記事の日付を見ると2008年の1月20日、半年ぐらい前ですね。

こうして始まったNew Eccentric、今後どのように捻じ曲がっていくのでしょうか(苦笑)。

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