カート・コバーン死後数年間の音楽シーン

カートの死とその後のシアトル・バンド

94年4月、グランジ・オルタナ・ムーブメントのきっかけとなったNirvanaのカート・コバーンが自殺。
理由は様々な要因があろうが、一般的には急激な成功に伴うストレスに耐え切れず、ドラッグの使用量が増えてゆき、音楽業界につぶされる形で命を絶ったと思われている。

グランジの終焉とよくいわれるが、グランジという言葉は使用されなくなっていったものの、数年間はシアトル勢の大物が質の高いアルバムを作り続け、高い人気を誇っていった。

94年から96年にかけてリリースされたSoundgarden、Alice In Chains、Pearl Jamのアルバムはチャート1位や2位を獲得し、音楽性も前作と異なるアプローチにチャレンジするというオルタナらしいものだった。
>>>カート死後のシアトル・バンド


シアトル以外のオルタナ・バンド

カート死後もシアトル以外のオルタナ勢も健在だった。
カートが亡くなったからといってオルタナが死んだわけではなかったのである。

大物ではNine Inch NailsやSmashing Pumpkinsが軒並み傑作をリリースし、94年にLoserでブレイクしたBeckはオルタナはラウドな音楽だけではなく何でもアリだということを知らしめた感がある。
>>>カート死後のUSオルタナ3大バンド

この他にも、Nirvanaとは対照的なポジティブで陽気な音楽性のGreen Dayなどが、Nirvana以降の新しい風だとか評価された。(90年代パンクを参考のこと)

このように象徴であったカートの死後もグランジ・オルタナ・ムーブメントは終焉を迎えたわけではなく、ロラパルーザも開催され続けていったが、96年頃から徐々に暗雲が漂ってきた。


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