商業的な成功を否定するという思想が最もピークに達したのは間違いなくカート・コバーンが自殺した直後だろう。
自殺した理由は様々な要因があるだろうが、急激な成功から生じるストレスが原因でドラッグに溺れるようになり、音楽ビジネスに潰された形で自殺したのだとよく言われる。
ただし、自殺の理由など本人にしか分からないということを理解してほしい。
真実はどうあれ、とにかく世間はそのように受け止めたのだ。
シーンを作った張本人がこのような死をとげたのだから、その影響は計り知れない。
Melvinsからパンクを学び、Beat Happeningのカルヴィン・ジョンソンのテリトリーであったオリンピアに住んでいたカートは、インディの価値観から強く影響を受けていた。
当時のオリンピアの価値観は、「メジャー契約など言語道断、グルーピーと寝るのは悪しきこと、好きなバンドを聞かれたらマニアックなバンドを挙げるのがクール」などだった。
そんなシーンに身を置いていたカートだが、しだいにSUB POPに対する様々な不満が限界に達していった。
プロモーション不足、流通力の弱さなど不満の大部分はSUB POPの資金難が原因だった。
そしてしだいにメジャー契約にこぎつけようと行動するようになる。
また、惨めな極貧生活に嫌気がさし、大金を手にしたいという思いもあったかもしれない。
ただ、インディに対する罪悪感や後ろめたさは残ったようだ。
つまり、メジャーとインディの板ばさみ状態である。
それで、成功を否定しながらも、成功を望んでいるとしか思えないような矛盾した行動をとることになったのだろうか？
このような矛盾はHEAVIER THAN HEAVENというカートのヒストリー本によって指摘されている。
僕たちがこうして注目されることによって、他のアンダーグラウンド系のバンドが少しでも注目されることになれば、それでいいじゃないかと自分たちに言い聞かせているんだ。
そうでもしない限り、この状況（Nevermindの大ヒット）を受け止めようがないんだよ。
（Nirvana / クリス・ノヴォセリック カート・コバーン・トリビューとから引用）
最終アルバムとなったIn Uteroでは、アルビニが仕上げたヴァージョンをI Hate Myself And I Want To DieというタイトルでLPとカセットのみで販売し、後にラジオ向けにリミックスしたものをVerse Chorus Verseというタイトルで「ラジオ向けの妥協ヴァージョン」というステッカーをつけて販売するというアイデアがあった。
カートがインディに後ろめたさを感じていたからこそ、こんなアイデアを閃いたのだろう。
カート・コバーンは自分の名声に苦しめられたわけだからね。
とはいえ、密かにそれを満喫していたってのもあるけど。
同時に嫌悪していた。カートは”パンク・ロック・ギルト（罪悪感）”、つまり成功したことによる葛藤に苦しめられたわけ。
売れるためにも頑張るんだけど、売れ過ぎないようにも頑張る、みたいなね。・・・
カートのことは直接知らなかったんだ。
俺が仲がよかったのは（Kyuss時代に知り合った）デイヴだからね。
でも、間接的にカートを見ているだけで、あの辛さはひしひしと伝わってきたよ。
パンク・ロック・ギルトのことは十分理解できたし、ニルヴァーナのお陰で俺はそれを打破することができたんだ。
（Queens Of The Stone Age / ジョッシュ・オム ロッキングオン2002年11月号から引用）
カートが成功に対してはじめて当惑したのは、Nevermind正式発売日の1週間前に行われたインストア・イベントのときだったという。
予想以上に集まったファンを見て「なんてこった」と発したそうだ。
終了後にはアバディーンの元同級生からサインを求められることになり、このとき自分が有名になったとはじめて実感した。
このことを境に、おかしなことが起こり始めた。俺たちは以前のようなバンドではなくなっていた。
カートは閉じこもるようになったし・・・
事態は俺たちの予想をはるかに上回っていたんだよ。
（Nirvana / クリス・ノヴォゼリック HEAVIER THAN HEAVENから引用）
その後のことはあらゆるところで語られているのでここでは書かないが、デビューアルバムで頂点に立つという急激な成功から生じるクソッタレなことに対処できなかった感がある。
これはPearl JamやAlice In Chainsも同じだ。
Soundgardenだけは急激な成功ではなかったが。
カートの自殺の原因はこのように考えられていることが多いが、自殺には様々な要因があるだろうし、Nevermind前からヘロイン中毒になりつつあったので真実は闇の中といったところか。
ただ、急な成功がカートに精神的苦痛をあたえたのは間違いない。