しかし、オルタナティヴ(反主流)と呼ばれる音楽がメインストリーム(主流)になるにつれ、ロラパルーザは苦戦を強いられることになった。
ペリー・ファレルは「ロラパルーザのヘッドライナーを決めるのはとても難しい。」と話したが、いいたいことは理解できるであろう。
オルタナが流行するにつれ、ロラパルーザでなくてもオルタナ・バンドのライヴは見れるようになっていったし、有名なオルタナ・バンドを出演者に加えると商業主義だの守りに入っただのと非難されたりと、運営が難しくなっていく。
かといってマニアックな路線を推し進めると商業的に興行として成り立たないのは明らか。
95年のSonic Youthをヘッドライナーにしたロラパルーザはセールス的に苦戦してしまった。そのことについて、サーストン・ムーアとBeckが対談で語ったことがある。
主催者側も「ニルヴァーナ・タイプの音楽をやっている連中だけじゃなく、もっと変わったことをしているバンドを集めよう。」と言ってた。
で、集まったのが俺たち(Sonic Youth)、ベック、ペイヴメント、ジーザス・リザード、サイプレス・ヒル、シンニード・オコナーだろ?
残念ながら過去5回のロラパルーザの中じゃ興行成績は最低のものになっちゃったんだ。
今やメインストリームと化した”オルタナティヴ”に対する、本当の意味でのオルタナティヴとでも言ったらいいのかな、これこそ本当の意味でのアメリカ・オルタナ界の真の姿だ!って感じの面白い顔ぶれが揃ったにもかかわらずね。
コンセプトは良かったものの、俺たちはブッシュ(フォロワー、商業的なグランジと言われたバンド)とかを聞きたがっているオーディエンスの前に立たされる羽目になったのさ。
中部を回ってるときなんて、ラジオで「今日は1日中ロラパルーザがやってるぞ。みんなで見に行こう。」って宣伝しときながら、参加バンドの曲は一曲も流さずストーン・テンプル・パイロッツやブッシュばかりだもんな、矛盾してるよ。
オーディエンスはグランジを待っていたんだよ。まああの時もニルヴァーナの代わりといった役割でホールは出ていたけどね。(Sonic Youth / サーストン・ムーア)
ホールがステージに上がったときの盛り上がりは凄かったよねえ(ベック)
ホールは正統派グランジバンドだからさ。グランジ界の大物を待ってたって調子で、正にグランジ・ファンが求めていたものだったんだよ。恐ろしいよな、全く。 (Sonic Youth / サーストン・ムーア)
ロラパルーザは矛盾していたよね。ジャンルに拘らずあらゆる音楽を肯定するって姿勢があってこそ成り立っていたはずなのに。それが真実じゃなかったんだ。 (ベック)
Sonic Youth / サーストン・ムーアとBeckの対談 CROSSBEAT1996年7月号から引用
結局のところ、ロラパルーザの観客の多くはオルタナティヴに感化された人々ではなく、流行に乗っている人たちが大多数だったようだ。
ロラパルーザに参加することで、バンド、あるいはオルタナティヴの頂点を味わうことになると考えたんだ。で、結局わかったのは、こういうこと。
3,000人を前にすれば、オルタナティヴに入れ込んでいる3,000人のために演奏することになる。
ところが30,000人を前にすると、オルタナティヴが好きな3,000人と、オルタナティヴをテレビ番組でも見るように眺める27,000人のために演奏することになるんだ。
つまり大部分は、ただの流行に乗ってきている人たち。それに気づいたときは、かなり愕然としたよ。
Smashing Pumpkins / ビリー・コーガン 2000年
96年に、オルタナを意識したアルバム”Load”をリリースしたMetallicaをヘッドライナーとしたのは好評だったようだが、オルタナにすり寄ってきたメタル界のスーパースターをヘッドライナーにしたとの批判もあった。
この年を最後にペリーは主催者を降りてしまった。
今となってはロラパルーザというのは、まるでチームスター(全国規模の労働組合組織)のようなものになってしまっている。
チームスターというのは、労働者の利益をあちこちで着服した腐敗した組織で、労働者はチームスターを信じ、チームスターは労働者をいいように身ぐるみ剥いだだけだったんだよ。
で、僕はもうそういう現実と関わりあうつもりはないんだ。
(ペリー・ファレル ロッキングオン1996年7月号から引用)
開始当初は移動形式フェスティバルはロラパルーザしか存在しなかったが、オルタナを否定するKornが打ち立てたファミリー・ヴァリューズというフェスティバルなどの出現、またオルタナそのものの衰退もあり、ロラパルーザは失速してしまい、98年を最後に開催されなくなった。
ロラパルーザは要するに恐竜のように巨大化して滅びた、ってことだと思うよ。競争が激しくなったことが大きいだろうね。
アメリカでは当初、ああいったものはロラパルーザしかなかったんだ。毎年開催されるフェスティヴァル、ってもの自体が存在しない地域も多かったしね。
それが、93年〜94年辺りからリリス・フェア、オズフェスト、ファミリー・ヴァリューズ、ワープド・ツアー・・・と続々登場して、事態が急変したんだ。当然、苦しくなるよね。(Tool / ダニー・ケアリー ロッキングオン2001年10月号)
それに、ロラパルーザは他のフェスとは違ったもの、オルタナティヴなもの、という所が売りだったからね。商業的成功とは関係ないところでのサーカス的な祭り、という位置づけだった。
この前提自体を見ても、破綻は避けられなかったと思う。なんだかんだ言って、フェスティヴァルはフェスティヴァルだからね。その時の人気バンドがプレイすることになるし、特にトリはそうなる。過去の人気者では仕方ない。
ロラパルーザは努めてオルタナティヴであろうとして、多くの評論家を敵に回した。無視したり侮辱したりしてね。
その結果、ロラパルーザの集客が芳しくないことが見え出した途端に、評論家たちが攻撃し始めた。
オズフェストやリリス・フェアやワープド・ツアーの方をキッズに薦めるようになったんだ。自ら墓穴を掘ってしまった部分もあったんじゃないかな。(Tool / メイナード・ジェイムス・キーナン ロッキングオン2001年10月号)
しかし、2003年に再結成を果たしたJane’s Addictionをヘッドライナーにすえて復活を果たす。
ニュー・メタル勢が失速したこともあり、再び定番化すると思われたが、2004年はチケットの売り上げが不振で中止となってしまう。2005年には規模を縮小し、1日限りで開催された。
その後はかつてのように全米を回るツアー形式ではなく、シカゴのみで数日間だけ開催されており、2010年代では南米でも開催されている。
オルタナ・ファンとしてみれば象徴であるロラパルーザの衰退は悲しい気がするが、インターネットが普及しオルタナ・インディ・シーンが脚光を浴びやすくなった現在、ロラパルーザは以前のような役目を終えたといっていいだろう。