Riot Grrrl(Riot Girl ライオットガール)

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※Riot Grrrlについてはこのページを見るよりも大垣有香さんのriot grrrlというムーブメント-「自分らしさ」のポリティックスを読んだ方がよいと思います。
P.W.A.でも読むことができます。

ライオット・ガールは、90年代前半にシアトル近郊のオリンピアから始まった、フェミニズム思想(男女同権を実現し、性差別のない社会をめざして、女性の社会的・政治的・経済的地位の向上と性差別の払拭を主張する論。大辞林より)を持ったパンク・バンドが起こしたムーブメントだ。
フェミニズム運動の中では第三波フェミニズムの初期にカテゴライズされる。

中心となったのは、Bikini KillをメインにBratmobile、Huggy BearといったオリンピアのKill Rock Starsというインディ・レーベルに所属するバンドである。
Hole、L7、Babes In Toyland、PJ Harveyなども同一視する場合もあるが、PJ HarveyやLiz Phairはライオットガールと同一視されることに嫌悪感を示した。

当時以前からロックは男性のもので女性は嫌悪されるという傾向にあったが、当時のパンクロック界における女性といえばライヴでは屈強な男性たちによるダイブやモッシュに押しつぶされ、更には性的に体を触られたりすることもあり、最悪の場合はレイプされることもあったようだ。
女性に対して排他的であったのだ。

90年に結成されたBikini Killは、そんな男性中心のパンク・ロック界に変革をもたらさんと活動を開始する。
またパンクロック界隈に対する不満だけでなく、社会から押し付けられる「女の子はこうあるべき」という価値観、「女の子=物の言えない、女の子=悪い、女の子=弱い」と洗脳しようとする社会に対する怒りも兼ね備えていた。

彼女たちはライヴの前には男性は後方に行くように指示したり(女性をモッシュから守るため)、ライヴでは観客がレイプや近親相姦体験を告白する場となったりした。

しだいに支持を広げていき、92年にメインストリームのメディアに取り上げられるまでになったが、残念ながらそれらはライオット・ガールを抑圧するものであった。

女性に対して排他的な男性や社会に対して怒っていたのに、マスコミは男性嫌悪者、男性排除主義者、分離主義者などと報道し、世間に対して真実とは異なったイメージを植え付けた。
また事実を捻じ曲げて面白おかしく報道されたこともあったと思う。

下着姿でパレードをしているとんでもない女の子のように報道されたのは故意だったと思う。
真面目なインタビューは拒否され、私たちの発言は誤植され、私たちが書いた記事やファンジン、エッセイは文脈を無視して取り上げられた。
10代の若者や若い女性に対する性的虐待や性的暴行について多くのことを書いていたのに。
これらは、メディアが取り上げなかった本当に重要なコンセプトだと思う。(Sleater-Kinney コリン・タッカー / Riot Grrrl Retrospective — What Got Lostから引用)

こうして、メインストリーム規模では本質が伝わらなかったようだが、今のその影響は残っていると言えるだろう。
GossipやPussy RiotなどといったRiot Grrrl影響下にあると思われるバンドは登場し続けているし、フェミニズム運動は以前と比べ大規模なものになったとの印象を受ける。

(インタビューア)2年前(2017年)に#MeToo運動が起きたとき、私は何十年も前からアンダーグラウンドな空間でされていた会話が、今や大衆文化の頂点でなされているのだと思いました。
それが全米規模で展開されるのを見て、どのように感じましたか?

(キャスリーン)とても興奮していると同時に、「私が必要としていたときにあなたたちはどこにいたの?」という複雑な思いが混ざってます。
みなさん、遅刻です。
私は20年前から性的虐待について発言していました。
でも200年前にも発言していた人がいました。
つまり、彼らが死んでいてよかったですね。
今起こっていることを見なくて済むわけですから。(Bikini Kill / キャサリーン・ハンナ Pitchforkの2019年のインタビュー

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