カート死後のUSオルタナ3大バンド

グランジ・オルタティヴ・ムーヴメントはカート・コバーンの死によって終焉をむかえたと誤解されることがある。
グランジという言葉はともかく、オルタナティヴは終焉をむかえたわけではなかった。
ここではシーンの顔に躍り出た3組を見てみよう。

Nine Inch Nails (ナイン・インチ・ネイルズ)

カートが亡くなった1994年、新たな自虐的ヒーローとされたのがNine Inch Nailsだ。
ヘヴィなギターと機械の音とノイズを駆使した自虐的な音世界がNINの特徴で、同年にリリースされたアルバムDownward Spiralが300万枚以上売れた。

このアルバムではインダストリアルの枠組みを越えた圧倒的な暗黒の世界に驚かされたが、その年のWoodstockでトリを務めたときの泥まみれで自虐的なパフォーマンスで度肝を抜き、現代ロックの最重要人物という評価を決定付けることになった。

Nine Inch Nails Woodstock 94

Smashing Pumpkins (スマッシング・パンプキンズ)

1993年の2ndアルバムSiamese Dreamが400万枚売れたSmashing Pumpkinsはオルタナティブのリーダーとしての自覚と責任感を背負うことになった。
ただ、ビリー・コーガンの自意識過剰さを指摘する声もあった。

ビリー・コーガンのインタビューを読んでいてどうも気になってしょうがないのは、ビリー・コーガンはどうやら凄まじくシリアスにこのシーンについて考えているらしいっていうことなんだよね。

だから、スマッシング・パンプキンズとニルヴァーナは今日のシーンやカルチャーに対して真に背いた存在なんだとか、そんなことを言ってるわけだ。
(Sonic Youth / サーストン・ムーア ロックングオン1998年11月号から引用)

Siamese Dreamの完成度が高かったため、次のアルバムではコケてしまうのでは?という不安の声もあった。
しかしSmashing Pumpkinsは、カート死後の1995年にリリースした3rdアルバムMellon Collie and the Infinite Sadnessで見事にそれを乗り越えた。

それは僕たちも同じ思い(サイアミーズ・ドリームが完成品に近いものだっただけに、次をいったいどうするんだ?という思い)をしてたよ。
とにかく自分達で能力の限界だと思ってた柵を乗り越えたものを作るべき努力をしたまでさ。

このアルバムを聞けばわかると思うけど、前作に続く次作…っていう趣の曲もある一方で、自分たちでもできると思ってなかった予想を超えた曲もある。
そういった幅広い方向性の追求を可能にしたのも、2枚組にしたが故の余裕だと思う。
1枚だったら、恐らく・・・「メロンコリー」と「サイアミーズ」は、「サイアミーズ」と「ギッシュ」ほど違いが出なかったんじゃないかな。(Smashing Pumpkins / ビリー・コーガン クロスビート1996年4月号から引用)

ピアノやストリングスを導入した美しい曲からヘヴィでハードな曲まで詰め込まれたこのアルバムで音楽的に前進することに成功し、2枚組みという商業的に不利な体裁にもかかわらず1000万枚以上売り上げ、オルタナティヴのトップバンドという地位を強固なものとした。

Beck (ベック)

94年に、”俺は負け犬さ 殺っちまったらどうだ”とラップするLoserでブレイクした。

ロックだけでなくアコギ、ブルース、カウントリー、ヒップホップ、ソウル、ファンクなどをローファイで打ち込みを駆使したサウンドでごちゃ混ぜにするという、何でもアリで自由なインディ系ミュージシャンとしてオルタナの象徴の一人とされるようになった。

ミクスチャーやクロスオーヴァーと呼ばれた音楽は以前にも存在していたが、ベックがごちゃ混ぜにする音楽はあまりにも多種多様だった。

80年代の音楽は大っ嫌いだった。そこにNirvanaとかが登場して音楽に個性とインスピレーションを呼び戻したんだよ。
お陰で、(91年に書いた)Loserは当時見向きもされなかったのに、(93年にリリースされた時)世に迎え入れられた。

ただ、そこには気の抜けないムードが漂っていたんだよね。
僕が感じたのは、土壌が整ったわけだから今度は笑おうよ、新しい音楽を鳴らそうよ、80年代のゴミが一掃されたスペースで何か新しいことをしよう、ってことなんだ。
(ベック Buzz Vol.18 January 2000から引用)

オルタナといえばノイジーなギターロック、というイメージはBeckの登場により崩れ去った気がする。

歌詞は陰鬱なのもあるが、全体的に楽しいといった印象を受ける音楽性も特徴だ。
Loserが収録されたMellow Gold後、突如KレコードからアコギのアルバムOne Foot In The Graveをリリースしたりとやることもオルタナティヴ。
その後96年のOdelayで頂点を極めた。

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